WRC栄光の3連覇

第4章〜苦悩A〜
パワーアップ!パワーアップ!もっと馬力が必要なのだ!「確かにアレンの言うとおりだ」他のマシーンとは50馬力違う「これでは完走は出来ても優勝は出来ない!・・・」どうした、「ため息なんかついて・・・」はい、実は先ほど他のチームのスタッフに合い、それとなく彼らのチーム予算を聞くと、ざっと計算して3桁に近い億の数字じゃないですか、「うちの予算とは一桁金額が違う」それに「開発ポジションに人材が豊富で、チーム体制でも見劣りがする」こんな体制でトップチームと、どのように戦っていけばいいのか?確かに「我々の体制が厳しい状況は理解している、レガシィのポテンシャルの高さを信じて我々に出来る事から一つずつ克服していこう」・・・・1990年11月WRC最終戦RACラリーにアレンとの約束を守るべく必死でセッティングしたエンジンを持ち込んだ。大幅にパワーアップしたレガシィはライバル達と互角の速さを発揮し、初日8か所のSSの内4ヶ所を制し第一レグのトップに立ったのである。
1990年のWRCは、常勝軍団「ランチア」に日本のトヨタが争う戦国時代。市販車ベースのグループAのマシーンは、かってのグループBの大改造車を凌ぐ速さを見せていた。70年代から国際ラリーに市販車ベースのマシーンで挑戦してきたスバルはWRC第4戦のサファリ―・ラリーにレガシィを投入し本格参戦を果たす。第6戦アクロポリス・ラリーからは、プロドライブとのWRCチーム「SWRT」で参戦。1990年の最高位はフィンランドでの総合4位、91年の最高位は開幕戦スウェディシュ・ラリーの3位。世界の壁は高いが、栄光の影は見えていた・・・。

続く