電話線を通して、裸身が外と繋がってしまう気がして せめてパジャマだけでも羽織ろうかとも思ったけれど 枕もとに置かれた電話の子機の着信通知に誠くんの名前を見つけて 私は開き直ると、全裸のまま外線に繋がるボタンを押した。 『こんばんわ、田辺先生』 聞こえてきた誠くんの声に、私は不意に怒りを感じて電話を切ってしまいそうになる。 その衝動を大きなため息と一緒に吐き出すと、私は無言のまま彼の言葉を待った。 『お休みの所・・・でしたか??』 応答しない私に不安を覚えたのか、誠くんの口調がより丁寧になる。 彼を困らせてやった気になって、少しだけ溜飲が下がった私はようやく言葉を返す。 「ええ、そうよ・・・シャワーを浴びて寝る所なの・・・全裸でねっ」 彼が驚く様を聞きたくて、最後の言葉を誇張する。 案の定、少し間が空いてから、誠くんは口を開いた。 『そうなんですか・・・きっと、魅力的なんでしょうね。シャワー上がりの先生は』 彼の意外な応答に、私も言葉を詰まらせてしまう。 演技とも限らなかったけれど、それはとても素直な口調で他意はカケラも感じない・・・。 感嘆とも取れる感情がこもった彼の言葉に、私は不本意ながら頬を赤らめてしまっていた。 「そ、そんな事はどうでもいいのよ・・・。 それよりも誠くんっ、先生に言うべき事があるんじゃなくて??」 悟られたくない動揺を強い口調で打ち消すと、彼に本題を突き付ける。 『利尿剤の事ですか? あれは、車の中で緊張してトイレに行かなくて済むように 渡したものなんですが・・・彼はそれを使って先生にご迷惑をおかけしたんですか?』 大筋をスラスラと白状する誠くんだけど、一也くんを誘惑した点は認めない。 「・・・全て分かっていて、そう言うの?? だったら先生は、君にこれ以上何も言うつもりはないわ。 隠し事をする教え子とは、校務以外、しばらく口をきかない事にしますからっ」 帰りの車内でずっと考えて、明日月曜日、彼に直接言い放つつもりだった言葉を 電話を通して私は告げた。 もし誠くんが、私への好意を抱き続けているとしたら、絶交宣言とも取れるその言葉に 内心ではきっと動揺して自分の歪んだ愛情のシッペ返しを味わうはずだった。 『そうですか・・・分かりました。 僕のお節介で先生が傷付いたのなら、素直に罰を受けます・・・すみませんでした』 彼を目の前にしてその言葉を聞いたとしても、私にはそれが演技なのか本心なのか きっと分からないと思う・・・。 その声は、全裸に反応した言葉と同じように素直な響きに満ちていたの。 私は混乱してしまいそうになる頭の中を、何度も脚を組み直して正常に戻した。 「じゃあ、明日学校で・・・しばらく挨拶もしませんから、そのつもりで」 捨て台詞のように言い放って電話を切ろうとした私の耳に、彼の言葉が追いすがって来る。 『おやすみなさい、紀子先生・・・・』 外線を切るボタンを押した後も、私は電話を握り締めたまま座り続けていた。 誠くんの最後の言葉がなぜか耳に残って、身体中に心地良い気だるさを感じている。 まるで情事の後の虚脱感のようだわ・・・。 ふと頭の中に浮かんだイメージを強く頭を左右に揺らして打ち消す。 満ち足りた情事の後、愛しい人の腕枕に抱かれながら囁かれるおやすみの言葉。 一日、彼に甘えてはしゃいだ疲れが、その言葉一つでスッと軽くなっていく。 映画や小説の中だけの世界だと思っていたそんなシーンが現実にもあると知ったのは 二人目の彼と、初めて一夜を過ごした時だったの。 日帰りのデートで幾度か身体を重ねていたけれど、別れを惜しまないで 愛し合った後もずっと傍にいられる心の至福は初めての体験だった。 その時初めて、男性に心と身体を満たされたと感じたんだっけ・・・。 きっとこのままシーツに横たわって目を閉じれば、朝まで安らかな眠りにつける。 でも、それは、いくら心地良くても不本意な至福よ。 絶交宣言を告げたばかりの相手に癒されて眠りにつくなんて・・・やっぱりイヤ! 私はシーツの上に乱暴に身を投げ出すと、手にした電話を指で操作する。 いざと言う時の為に登録しているクラス全員の自宅の電話番号から 一人の生徒の名前を選ぶと、通話のボタンを押した。 NEXT