寝そべったまま、風邪を引かないようエアコンの温度を少し上げて
寝室の照明を落として暗くする。
いつの間にか、洗濯機の回る音は消えていて
部屋の中は受話器から聞こえてくる呼び出し音だけが小さく響いていた。
少し長い呼び出し音の後、電話が相手と繋がった。
『はい、宮下でございます』
予想してた通り、一也くんの家の家政婦の一人が電話に出る。
「夜分に失礼します。私、中学で一也くんの担任をしています田辺と申します。
学校の連絡事項で一也くんにお話があるのですが、お繋ぎ願えないでしょうか??」
一也くんの家も、クラスメートに負けないくらい大きな家だった。
家庭訪問で訪れた時、離れにある彼の部屋に案内されるまで随分歩いた覚えがある。
だから、携帯電話を持たない彼と帰宅した後に話をするには少し手間が必要だった。
家政婦が電話を彼の部屋にまで持って運ぶ事なんてないはずだけど、私は少し長く待たされる。
何度か寝返りを打った後に、電話が繋がる音がした。
『田辺先生、申し訳ありません・・・一也は、帰宅してすぐに寝てしまったようで
明日の朝、用件を伝えますのでお話願えないでしょうか?』
若い女性の声が伝わってきた。
すぐに声の主が一也くんのお母さんだと分かり
数時間前、彼女の息子と情事を重ねた私に緊張が走る。
「そう・・・ですか。いえ、特に緊急な事柄ではないのですが
明日、生徒委員会が放課後に開かれますので、忘れずに出席をと・・・」
咄嗟の嘘に、一也くんの母親は丁寧に対応して電話を切った。
静けさが戻った寝室で、私は深くため息をつく。
声も若いけれど、実際に一也くんのお母さんは私とさぼど年齢差はなかった。
血の繋がった親子じゃなくて・・・いわゆる後妻さんの彼女は、とても美しい女性だった。
詳しい事情は知らないけれど生みの母親は存命で、そのせいなのか
一人息子の一也くんは内向的に育ったと、家庭訪問の時に初めて知ったの。
巻き込んでしまった責任もあるけれど、彼に強く思い入れしてしまうのは
そんな複雑な家庭環境を知ってしまったからなのかも知れない。
仕事で不在がちな父親と血の繋がらない母親・・・。
家政婦に囲まれた裕福な生活を過ごしてても
学校であまり笑顔を表に出さない彼の胸の内が酷く痛々しくて
こんな関係になってしまう以前から、何かにつけて心を砕いてきた生徒だった。
「別れ際にフォローしたけれど・・・やっぱり、気にやんでいるのかしら??」
本当に疲れで眠ってしまっただけかもしれないけれど、そんな彼の性格を考えると
私からの電話に寝たフリをしているように思えてならない。
「明日、学校でちゃんとフォローしてあげないと・・・」
でも、休日の一日を丸々デートに費やしてしまったせいで
一旦週末に持ち帰った事務仕事を、再び学校に持って行って片付けなければならない。
きっと明日は、昼休みまでも職員室に篭って雑務に追われてしまうに違いなかった。
出来るだけ早く、まとまった時間を作って彼と顔を合わせて話し合わなければいけないのに・・・。
「一也くんの性癖を不純だとは思っていないって・・・ちゃんと・・・」
エアコンの暖気が心地良く寝室を暖め
身体にまとわり付くシーツの柔らかな感触に、静かに睡魔が襲ってくる・・・。
足元に折り畳んだ掛け布団を、行儀悪く足の指で手繰り寄せると
羽毛の感触を素肌で味わう・・・。
「明日・・・明日にはきっと、何もかも上手く行くわ・・・だから・・・」
枕に顔を埋め、照明を落として暗闇に抱かれる・・・。
「おやすみなさい、一也くん・・・おやすみなさい・・・誠くん・・・」
愛しい教え子達に語りかけながら、深く息を吐き・・・私は深い眠りについたの・・・・。
END
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