・・・インターネット”テキスト”ラジオ・・・
「教えて! 紀子先生」

<<テキストラジオドラマ『紀子先生と夏休み』>>

・・・・第一回・・・・



 あれだけ強かった日差しも、うだるような暑さもいつの間にか和らいでいて、心地良い秋の気配さえ感じる午後だったから、絶好の遊ぶチャンスなのかも知れないのに、僕はただ無意味に時間を潰すしか出来なかったんだ。

 新しく出来た目の前のレジャーランド。
 楽しげに入っていくカップルをワザと見ないように背を向けて噴水の前のベンチに座り、 手にした携帯のボタンを押しては何度も画面の文字を消す・・・その繰り返し。
 最後の送信のボタンを押せないまま、ここでずっと座っている。

 自分の意気地のなさに落ちこんでは、また勇気を奮い立たせて携帯の画面を見つめる。
 台風で中止になった海水浴の代わり・・・と言う、簡単な誘い文句が空々しく思えて、また画面から文字を消してしまった。

 ああっ、もう! こんなにウジウジ悩むのなら、 いっそのこと近くを通る女の子をナンパしてやろうか?!

 携帯の画面から顔を上げて、前を行き交う女の子を睨み付ける。
 当然だけど、睨まれた女の子達はみんな僕を避けていく。
 もちろん、僕自身にも初対面の女の子に声をかける勇気なんてないから、少しイヤな顔をされた程度で、さっきまでの勢いは失せてしまってた。


 また、ベンチに座りなおして背中を丸めて携帯の画面を開く。
 今日はこのまま、自分の弱さを思い知らされたまま悶々と過ごすのか・・・と諦め始めた時、 僕の視界にその光景が飛び込んで来たんだ。



 チャラチャラした格好の男達とは全然そぐわない大人びた装いのキレイな女性が、 時折困った顔をして彼らと受け答えしている。
 僕はこんなにも、たった一人の女の子を相手に悩み苦しんでるのに、 その連中ときたら数人がかりで、往来の真ん中で堂々と一人の女性をナンパしてるんだ。

 心のモヤモヤがイライラに替わっていき、それが弾けた瞬間、僕は携帯をポケットに突っ込んでベンチを立ち上がっていた。


 「姉さんっ! 待ち合わせの時間過ぎてるのに、こんな所で油売ってっ!」

 僕は、そう言うと強引に彼女の手を取っていた。
 突然、ナンパの輪の中に割り込んできた乱入者に唖然としてるのか、僕達を囲む数人の背の高い男達は黙りこくってる。
 「さぁ、父さん達も待ってるから早くっ!」
 彼らと同様に現状を理解できないのか、彼女も手を引かれるまま僕についてくる。

 目の前の施設のチケット売り場には向わずに自動改札の入り口に早足で向かうと、 僕はポケットから出したプリペイド式のチケット二枚でそこを駆け抜けた。 そして、そのまま天井の高いロビーの真ん中まで行った所で後ろを振り返る。
 ようやくショックから立ち直ったのか、三人の男達が施設のガラス越しに悔しそうな表情を浮かべてこちらを睨んでいたけれど一向に構わない。
 好きな女の子をデートに誘う勇気に比べれば、ムカつくナンパ男相手に大胆な振る舞いをするなんて大した事はんてなかった。

 それよりも・・・彼女にこの状況をどう説明するか・・・そっちの方がドギマギする。


 「あらあら、大胆なナンパね」
 「い、いえっ、僕は・・・その・・・これはナンパじゃなくって・・・」

 その口調に棘は感じなかったけれど、やんわりと僕を非難する言葉に、 僕はさっきまでの大胆さをすっかり忘れて、いつもの自分に戻って言葉を詰まらせた。
 誤解を解くためには堂々として誠意を見せなければいけない場面なのに、 緊張の余りうつむいたまま顔を上げられない。

 「ふふふ、分かってるわ。ナンパじゃないって事くらい・・・。助けてくれたのよね?? あの子達に絡まれてる私を」

 黙ったまま何度もうなづく。
 すると、フッと鼻をくすぐるいい香りがしてきて、 思わず顔を上げると目の前に優しい微笑みがあったんだ。
 服装や物腰から明らかに僕より年上で、 誰が見ても魅力を感じずにはいられない色香をたたえた大人の女性なのに、 少女のような愛らしさを感じる笑顔に見つめられて、 僕はその場に金縛りにあったように立ち尽くしてしまう。


 「ありがとう。でも・・・少しだけお節介だったかしら?
 私は田辺紀子・・・中学の教師よ」

 「今日は未成年の子達の夏休みの生活指導として、この学区を巡回しているの。
 さっきの大学生の子達には、別の女性を強引にナンパしている場面に出くわしたから注意していたのよ。 あの子達にはお説教してたつもりだったんだけれど、 君にはナンパされているように見えてしまったみたい・・・ね?」

 自然と湧き起こってくる頬の火照りを感じながら、 まだ彼女の手を握ったままだと気付いた僕は慌てて手を引っ込めようとした。だけど逆に、彼女の方から僕の手を握り返してくる。

 笑顔と同じくらい暖かい手の温もり・・・。息がかかってしまいそうな距離で、僕だけを見つめて僕だけに微笑んでくれている。
 首を傾げた拍子に、肩にかかった艶やかな髪の毛が揺れてまたあの良い香りが漂ってくる。キッチリと着こなしているスーツの上からでも豊かな胸の膨らみが自己主張していて、 ナンパ男でなくても間近で見ると引き寄せられそうになる。

 そして、まるでキスを誘うように艶やかに濡れ光る唇が紡ぎ出す魔法の言葉に、 僕は頭に血が上ってしまっていたんだ。
 彼女・・・田辺先生の突然の提案にも半分上の空で、 正気なら尻込みしまいそうな内容に黙ってうなづく事しか出来ない。


 ほんの数分前までは好きな女の子を誘うはずだったんだ。

 ここ、新しく出来たばかりの屋内レジャープールで・・・こんなに美しい年上の女先生とデートする事になるなんて!?







テキストラジオドラマ『紀子先生と夏休み』・・・第一回・終






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