そうは言っても、持参していた水着に着替えて足早にプールサイドに出ると、きっと仕事とか忘れて忘れてしまうんじゃないかな? 大きなドーム状の屋根の下にいくつかのタイプに分けられたプールに華やいだ歓声が響き、 周囲に植えられた椰子の木や芝生が南国の雰囲気を盛り立てていて、 一人でじっとしてるだけでも何となくソワソワしてバカンスな気持ちでいっぱいになる。
目の前に広がる、ビーチに見たてたメインプールには親子連れの姿も多かったけれど、 何本ものチューブが絡み合ったスライダーや人工的に大きな波を作っている造波プールなどには カップルの割合が多い。 水着姿でデートするだけあってか、みんなラブラブなカップルばかりで、時折目のやり場に困ってしまう光景も飛びこんでくる。
幼稚園ぐらいから高校・・・そして大人まで、大勢の女性が肌も露わな姿で遊んでいる中、 ここに先生が水着で現われたら、きっと、男だったら誰もが振り返ってしまうに違いなかった。 そして、傍らに立つ年下の・・・さして印象に残らないサエない風体の男を目にして、きっと先生の男性の趣味を疑うだろうな・・・。 羨望が半分、軽蔑が半分の目でジロジロ見られるんだ。 でも・・・それでも僕は、上目使いに少しはにかみながら見つめる先生を前に首を横に振れなかったんだ。 台風の土砂降りの雨の中、集合場所の駅の前でたった一人で傘を持ってみんなを待っていた彼女の表情と、今、目の前の先生の表情とが重なる・・・。 あの時は、これから二人でどこかに行きたそうだった彼女の言葉に、 友達へメールを打つフリをして耳を塞いでいた僕だったけれど、 今度は・・・こんな僕をエスコートの相手に選んでくれた先生を落胆させられなかった。 あの時持てなかったほんの少しの勇気を、僕は振り絞る。
ついさっき出会ったばかりなのに、先生は満面の笑顔を浮かべて弾けるように先生はロビーのフロントへと掛けて行く。 その後姿を僕を含めて数人の男が見守っている。 そんな中、僕だけがピンク色をした期待で、胸と・・・ほんの少しだけ別の場所を みっともなく膨らませてしまっていたんだ・・・・。 「お待たせ!・・・・ん? どうしたの、近藤くん??」 「・・・えっ!? あっ、はいっ! 先生っ!!」 男なら・・・きっと誰だって・・・そのスーツの上からでも想像できるプロポーションの良い水着姿を想像して、 先生が現われるまでの間、顔をニヤつかせていても当然だと思う。 だから、突然背後から名前を呼ばれて、 手にしたレンタルの浮き輪を落としそうなくらい動揺したって可笑しくないよね? 足をバタバタさせて慌てる様を周囲のカップルにクスリと笑われても自業自得。 怒る気にもならなかったけれど、振り返った男のほとんどが僕を射貫くような視線を 後ろにいる先生に送るのには我慢できなかったんだ。 先生を辱めようとする視線の雨に、正直ムカついてしまう。 「たっ、田辺先生っ、行きましょう!!」 振り返りもせず、ナンパされてた時のように先生の手を取ろうと伸ばした僕の手に 柔らかくて暖かな感触が伝わった。 瞬時に仕出かしてしまった事実を理解出来たけれども、あまりの事に思考が凍り付いて何も出来ない! 響き渡る黄色い悲鳴と、同時に湧き上がるだろう周囲の憎悪を、僕は覚悟したんだ・・・・だけど。 「もう、手はこっち・・・よっ!」 手の中で収まり切らない豊かな膨らみの感触を残したまま僕の右手が引っ張られ、 先生の腕に絡み取られる。 そして、生まれて初めて意識して感じた女性の胸の柔らかさを、 今度は二の腕に感じるっ! 「それに、田辺先生だなんて・・・せっかくのプールなのに」 胸が・・・水着越しと言っても、その形がグニャリと歪むくらい強く僕の腕に押し当てられているのに、 先生は気にする素振りもなくて、僕の言葉に不満を漏らす。 半分思考がストップしていた僕だったけれど、先生の冷静さが伝わったのか少しずつ気持ちが落ちついて受け答えが出来るまで回復していた。 「は、はい・・・じゃあ、紀子・・・先生・・・・」 「んー、まぁ、仕方ないかな??」 また少し不満そうな先生だったけれど、僕と腕を組んだまま、 ビーチパラソルとリクライニングソファが並んでいるプールサイドの一角へと並んで歩く。 こうして並ぶとほとんど身長差はないのに、年齢も容姿も態度もまるでデコボコなカップルに向けられる視線は好奇と嫉妬の色をたたえていて、僕達即席のカップルに容赦なく浴びせられた。 紀子先生はそんなプレッシャーには全然動じないで平然と歩いていたけれど、 僕は早くも分不相応なデートを後悔し始めてしまっていたんだ。 自然と足取りが重くなってきて、周囲から見たら、悪さをした弟のような格好で先生に引きずられてしまっていた。 「あ、あのー、紀子先生・・・僕、やっぱり・・・・」 泣き言に近い弱々しい言葉で、晒し者な状態から逃れようとする僕を先生は腕を組んだまま離さない。 それどころか、僕の足取りが重くなるのに比例してより大胆に胸の密着度は増していくようだった。 柔らかくて暖かな感触が歩く度に大きく揺れて、僕の頭の中をさらに混乱させていく・・・っ。 そんな中、突然、先生が立ち止まったんだ。 いつまでたっても不甲斐ない僕に、とうとう先生が爆発したんじゃないかって僕は息を飲む。 次の瞬間、出会ってから初めて聞いた先生の凛とした声に僕は驚かされる。 「ちょっと、ダメよ!! プールサイドは滑りやすいから走っちゃダメなのよっ!」 その教師然とした人を制する声に、僕はプールサイドを走る子供達と一緒になって首をすくめていた。 でも、すぐに先生の険しい顔が緩んで優しい言葉が溢れ出す。 「もし転んで怪我したら、すぐに家に帰らなくちゃいけないわ。 そんなのイヤでしょ? もっとプールで遊びたいわよね??」 叱られた子達が、逃げ出そうとした足を止めて先生を見つめる。 「あの滝のような場所には行った?? スライダーはもう滑ったの? お腹が空いたら美味しいものもあるわよね? だから、ちょっと我慢してみない?? そうしたら、楽しいこといっぱい楽しめるのよ」 怒られた時は嫌そうだった子供達の顔付きが、みるみるうちに輝いてくる。 先生の言葉に耳を傾けお互いに顔を見合わせると、一斉にこちらを向いてニッコリと微笑んだ。 「うんっ! もう走らないよ。だってまだスライダー行ってないもン!!」 リーダー格の男の子がそう元気良く答えると、 子供達は大またで・・・でも、すれ違う人にはぶつからないように スライダーのある方向へ歩いて行く。 「・・・ん?? 近藤くん? どうかした??」 「えっ?? あ、いえ・・・そのっ・・・」 声をかけられるまで、去っていく子供達と同じ笑顔で先生を見つめていた自分に気付いて、 僕はしろどもどろになる。 でも、動揺はしたけれど、今までとは何かが少し違っていたんだ・・・。 あの子達と同じように先生の一言で僕の中で何かが変わってた。 僕の場合、あの子達とは逆で、それまで痛いほど感じてた周囲の視線が気にならなくなっていて 自分の中にある本当の気持ちが溢れ出して、自然と笑みが浮かんで来ていたんだ。 だから、先生に振り向かれて少し混乱したけれど、 笑顔で見つめてる先生に向ってこうして視線をそらさずにいられる・・・。 そして僕自身が驚くくらい、頭に浮かんだ素直な言葉が澱みなく出てきたんだ。 「紀子・・・先生。 その水着、とっても似合ってますね」 一瞬、先生の顔に驚きの表情が浮かんだ。 でも次の瞬間には、より優しい笑顔が浮かんで僕を魅了する。 「レンタルなんだけどね・・・ええ、ありがとう。嬉しいわ」 確かに、きわどいハイレグでもなければ華やいだ色使いでもないシンプルでなんの装飾もない紺のワンピースの水着だったけれど、そのシンプルさが逆に、紀子先生のスタイルの良さを余すことなく伝えていて、僕の目には十分に魅力的な水着に写ったんだ。 水着の深いマリンブルーに、対照的な先生の白い肌が艶やかに映えて、僕の視線を釘付けにする・・・。 「ホントです・・・ホント、なんだから」 「分ってるわ。 だって、君の目がちょっとイヤらしいもの」 「そ、そんなっ・・・。でも、そう・・・なのかなー??」 「ええ。 でも、素敵よ・・・男らしい目だもの。 先生、こっちの君の方が好きだわ」 そう言って微笑むと先生は僕の手を取った。 でも、今度は一人で先に行こうとせずに、立ち止まって僕の行動を待ってくれる。 僕は自然に先生の手を握り返すと、先生の手を引いて歩き始めた・・・・。 すれ違う人達の視線を浴びても萎縮せずに堂々としてられる。 先生がどんな魔法をかけてくれたのかは分からないけれど、 女性をエスコートしながら顔を上げていられる喜びを感じずにはいられない。 まだ腕に残っている先生の胸の感触は惜しかったけれど、代わりに僕は、すぐ後ろを付いてきてくれる先生の優しい笑顔と、誰もが振り返る魅力的な水着姿を、うつむかないで、この目にしっかりと焼き付けることが出来たんだ。 男として・・・自信と誇りを感じながら・・・・。 でも、それは女性に対して臆病だった僕には想像出来なかった、新たな問題を引き起こしてしまったんだ・・・・。 |