〜第五章〜



  ―第1部―  県大会そして地区大会へ

 足の捻挫も完治して、和海は順調に調子をあげていった。また、秀直の方も和海に負けず劣らずの力を付けてきていた。
「しかしよォ、なんだかんだ言っても来週だぜ、県大会。この間進級したばっかだって思ってたのにな」
「おぉ。もうすぐ和の悔しがる姿が見れるってワケだな」
「フン、そのセリフ、のしつけて返してやるよ」
「・・・先輩、もうすぐ大切な試合なんですからケンカはやめましょうょ」
 いつもの口ゲンカを奈美が止めに入った。
「いや、俺は何も言う気はなかったんだけどさ、秀の野郎が・・・」
「何言ってんだよ、先に言いはじめたのはお前だろ」
「・・・・・・」
 奈美は何も言わずに練習に戻っていった。止めても無駄な2人の茶番にあきれきったのだった。
「おい、この続きはコートでやんねぇか?」
「そーだな。来週は県大会だし、和海をたたきのめす練習でもするか」
「いったな。そのセリフ後悔させてやる」
「ナメんなよ。てめぇが休んでいる間のヒミツ特訓の成果を見せてやる」
 毎度毎度の口ゲンカを続けながら、2人は並んでコートに向かうのだった。

 快晴・真夏日のグラウンドに和海、秀直をはじめ、多くの選手達が集まった。和海達にとっては高校生活最後のインターハイだ。
 組み合わせ抽選が行われ、和海はAコート第4試合。秀直はDコート第9試合に決まった。
「これでまず、当たることはなくなったな。秀、必ず二人そろって地区大会へ行こうぜ」
「ふん、望むところだ」
 二人は笑いあってそれぞれのコートに分かれて行った。
 和海の相手はN大付属の2年生だった。
「・・・負けるわけにはいかねぇ」
 少なくとも地区大会へ行くためには、3試合勝たなければいけない。

『フォーティ・ラブ(40-0)、香星・松垣!』
『ゲームセット アンド マッチ!香星・松垣!!』

 三年の意地とも言えそうな勢いで、1試合を取った。
 同じく秀直も 6-3 2-6 6-4 で、コマを進めていた。
 一方奈美は、一回戦から圧倒的に押され続け 2-6 1-6 で、完敗を喫していた。
「・・・・・・」
 下を向いたままコートから出ている奈美を、和海は何も言えずに見ていた。
(なんて言ったらいいんだ・・・なんて励ませば・・・)

 その後、秀直も和海も難なくコマを進めていった。
―準々決勝― 後一つ勝てば、秀直は地区大会への切符を手にすることができる。まだ試合のない和海は、先に試合のある秀直の応援をしていた。

『ヂュース!!』

 少し秀直が押されている。
(おかしいな・・・)
 和海は心の中で呟いた。

『ゲーム アンド ファーストセット、香星・紙谷 6to4!』

(やっぱ、変だ)
 今和海の目の前で試合をしている秀直に、いつもの軽快さが見あたらない。

『フォーティ ラブ!(40-0) 高谷!!』

「こらぁ、秀!一緒に地区大会行こうって約束どうしたんだ!!」
 ムキになって和海は大声を出した。
「わぁってらぁ!!」
 言い返す秀直だったが、和海にも分かるほど声に力がなかった。

『ゲーム アンド セカンドセット 高谷! 7to6!!』

(やばい。限界に来てやがる)
 実は秀直はこの時、前の試合で大きく振られたときの切り返しで足をくじいていたのだった。

『フォーティー サーティー 高谷!』

 あいかわらず、押されている。これを落とせば地区大会へは行けない。
「秀!あと少し!!」
 必死で和海が叫ぶ。が、

『ゲームセット アンド マッチ! 高谷!!
スコア 6-4 7-6 7-6』

(くっそぉ!)  和海は無意識のうちにコートを殴っていた。
「和、すまねぇ・・・約束、守れなかった」
 一言だけ和海にむかって呟くと、秀直はそのままチームの陣地へ帰っていった。
(俺がやらなきゃ。秀や奈美の分まで・・・)
 和海の中には今までにないくらい、強大な決意の炎が燃え上がっていた。

 和海は二回戦もストレートで勝ち、次勝てば地区大会への出場が決定する。

『ザ ベスト オブ スリーセット マッチ
日野山・花井! サービスプレイ!!』

 主審の合図で相手の花井がサーブを打つ。
「なにお」
 花井は正確にコースをついてくる。和海は花井の打つボールに、右へ左へとふられっぱなしだった。

『サーティー ラブ(30-0)! 日野山・花井!!』

「ちくしょう」
 常に和海の逆をついてくる花井のコントロールは抜群のようだ。

『フォーティ・サーティ 日野山・花井!』

「!!くっ・・・」

『ゲーム 日野山・花井 フォーゲーム トゥー ラブ』

 和海の状況はかなり不利にだった。さっき何度も振り回され、体力の消耗がひどかったのだ。
 和海は深呼吸をし、静かに目を閉じた。

『和、お前ならできる』
 ―父さん?―
『和海、ムリしたらだめよ』
 ―母さん?―
『和海ィ、あきらめたら許さねぇぞ』
 ―秀!?―
『先輩、がんばって下さい』
 ―吹田さん!?―

 みんなが俺を応援している。みんなが俺を見ている。
(負けられない)
和海は静かに目を開けた。自分のためだけではない。人のために試合に勝つのだ。
「いっけぇ!!」
 2ゲーム目、和海はこん身のサーブを放った。
「なっ!」
 相手の声が聞こえたような気がした。和海のサーブは相手の反応より早くコートを飛び抜けていった。
(みんなのために・・・そして自分のために・・・負けるわけにはいかない)

『フォーティー ラブ 香星・松垣!!』

和海の猛攻撃が始まった。

『ゲーム アンド セカンドセット 香星・松垣! 6-5』
 勢いにまかせてボールを打つ。不思議と疲れが感じない。何故か身体が軽かった。

『フォーティー フィフティーン 香星・松垣!』

「うらぁっ」
「いっけぇ」
実力以上の力を発揮している和海を、花井は、もう止められなかった。

『ゲームセット アンド マッチ 香星・松垣! 
スコア 3-6 6-5 6-1』

「サンキュ」
 和海は花井とネットの上で握手をした。
 和海はついに県大会への切符を手に入れたのだ。
 まだ試合はあったのだが、次の準決勝の和海に精粋さはなかった。去年全国5位だった相手とぶつかってあっさりと負けてしまった。

「疲れましたね、準々決勝で・・・」
 和海は閉会式の後でぽつっと柿崎にそう言った。
「だろうな。前半と後半、動きが全く違ったぞ。まるで別人みたいな感じだった」
 普段冗談と怒鳴り声しか飛ばさない柿崎も、今日は少し優しい口調だった。
「先輩、おめでとうございます
 奈美が後ろから声をかけてきた。
「ああ、サンキュ。あっと、ごめんな。君が負けた時なんて言ったらいいかわかんなくて・・・」
「いいですよ。そんなことより地区、がんばって下さい」
「おつかれっ、和」
「残念だったな、秀」
「ああ、この間のお前状態だよ」
 テーピングぐるぐるまきの足を見せて秀が苦笑いした。
「おい県大会出場者あつめろ。晩飯おごってやる!」
「おっ先生、太っ腹!!」
「ようし、俺フランス料理!」
「阿保、そこまで持ち合わせがねぇ。ファミリーレストランで勘弁しろ」
「は〜〜〜〜〜〜い」
 夕日は今日の結果を讃えるように赤く赤く燃えていた。


   ―第2部―     夏祭りの夜

 次の日、和海は夏祭りに来ていた。毎年恒例の祭りだ。和海としては奈美と来たかったのだが、摩佐に誘われていたので仕方なくあきらめたのだ。 (まぁ、一緒に来てくれるって言う保証もなかったけど・・・)
(チッ、帰宅部のゲームおたくめ!)
むかむかする気持ちをおさえて、約束した場所で摩佐を待っていた。
「よォ!和海、久しぶり!!」
 相変わらず脳天気な声で摩佐が登場した。しかも、たこ焼きを食べていた。
「てめぇ、遅すぎるぞ。20分も待たせやがって!」
 青筋を立てて怒鳴る和海に摩佐はいつもの表情で笑っていた。こういう奴なのだ、こいつは。
「何怒ってんだよ。待ち合わせより30分も早く来たお前が悪い!」
 びしっと言い放った摩佐に和海は、何も言い返すことができなかった。
「ところでよ、摩佐。お前彼女と来るんじゃなかったのか?」  和海は話をそらすように、聞いた。 「ん?あぁ・・・最近むこうもクラブとか忙しくってな、最近しゃべってないし、今日も連絡とれなかったんだ」
 摩佐は少しうつむいてそう呟いた。
「もう分かれるのか?」
 和海はいたずらっぽく尋ねると 「いや、俺は優しいからな。彼女を信じてるし、むこうも俺のこと信じてくれてると思うから・・・な」
 笑って、時々もらすクサいセリフに顔を背けてしまった和海だが、摩佐の表情に一瞬悲しみの色が移ったのを見逃さなかった。
「悪い、話変えよう。この間言ってたDREAMERの件だけど・・・」
「そうそう、DREAMER本人は最近ほとんどチャットや掲示板に来てない。多分、あれはかなり自分の首を絞めたんじゃないのか?」
「あぁ、俺もそう思う。チャットで呼んでもメール出しても音沙汰ない」
 二人はうなりながらため息をついた。
「よぉ、もしかするともうすぐ当人に会えるかも知れねェぞ」
 不意に摩佐が言った。
「マジか?でも向こうもこっちのこと・・・」
まで言いかけてハッとした。
(まさか、あいつが・・・!? いや、まさかな・・・)
 あのDREAMERのホームページ ―お茶の間― ではユーザー登録で、ハンドルネーム、職業、趣味、とかを入力するとパスワードとチャットか掲示板がもらえる仕組みになっている。和海は確か、香星高校2年生(登録時現在)と入力した記憶がある。  和海はホットドックとクリームソーダを口にしながら、くじ引きの残念賞で遊んでいる。だが、頭の中では色々なことがぐるぐると渦巻いていた。


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