「おい、和!」
いすに座ろうとした和海に秀直が声をかけた。
「てめぇ、吹田さんと仲いいじゃん?」
嫌みっ気丸出しの、にやけ顔できいてきた。
「なんのことだよ」
「お、とぼけやがって。さっき二人でなにしゃべってたんだよ」
(見てやがったか・・・)
和海は小さく舌打ちしたが、無表情のまま言った。
「別に。何でクラブ休んでんのか、って聞いてきたから
ねんざしたんだ、って言ってただけだよ」
「本当か?あやしいな」
「・・しつこいねえ」
「お、ムキになってるぞ」
いいながら、秀直は席に戻っていった。
(うるせぇなぁ。ったく、どいつもこいつも)
舌打ちして、和海は窓の外に目をやった。
「・・・失恋・・・か」
授業が始まっても和海は奈美がさっき言った言葉を忘れられなかった。
(いったい奈美は俺のことをどう思っているんだろう・・・)
そんなことばかり考えていた。
「松垣、なにボケーッとしてる。これ答えてみろ」
いきなり教師が和海に質問した。
「えーっと、松尾芭蕉です」
質問の内容は「奥の細道を書いたのは誰か」というものだった。
簡単だがいきなり当てられたので、少しとまどいながらも和海は答えた。
「よし、一応聞いてたようだな」
そのくらいの問題なら聞いていなくてもわかる。
和海は再び授業をすすめだした教師の背中に舌打ちした。
「・・・ちっ、ナメやがって」
そして和海は、再び窓の外に視線を移すのだった。
やっと最後の授業も終わり、
和海はほかの部員たちにも混じって久しぶりにクラブをはじめた。
さすがに1週間も休むと、体力の低下も激しい。
少しボールを追っただけで、和海は息を切らせはじめた。
「このくらいで息上げてたら、長期戦になるとイチコロだな」
柿崎が皮肉の色をうかべながら、和海に言った。
「わかってますよ。わかってますけど・・・」
和海はそこまで言うと目の前が真っ暗になった。
和海が目を開くと、数人の友人が周りを取り囲んでいた。
「なっさけねぇなぁ・・・おい」
秀直は、和海が気がついたのを確認すると歩いてきた。
「ただが1週間休んだだけで、それかぁ?」
「うっせえょ。なっちまったもんは仕方ねぇだろ」
「ケケケ、県大会はもらったな」
「誰が?てめぇは俺が倒す」
「ムリムリ、和海ぃ、お前はそのまま眠ってな」
病人(?)でも、二人の口ゲンカはおさまらなかった。
友人はあきれ顔で練習に戻っていった。
「せんぱぁい!大丈夫ですか?」
帰りの自転車置き場で、奈美が尋ねてきた。
「ま、なんとか・・・」
少しさえない顔で和海は答えた。
あの後和海は、30分ほど保健室でダウンしていて、
練習はそのまま休んでしまったのだ。
「ま、県大会まであと1ヶ月あるし、
意地でも秀の野郎をぶっ倒すぐらいになってやるさ。
しばらく話していると、
2人の会話をさえぎるように誰かが近づいてきた。
「・・・あいかわらず強気だね・・・ケガはもういいのかぃ?」
ポカーンとしているとそいつは和海を見て″ニッ″と意地悪そうに笑った。
「・・・お前、確か隣の組の・・・えっと・・・」
「中野善紀。まっ、名前ぐらいは覚えといてよ。
・・それじゃ、2人の邪魔して悪かったな」
それだけ言うと中野は無言で歩いていった。
「・・・先輩・・・誰ですかあの人・・・?」
首をかしげて奈美は和海を見た。
「うっ えーっと、隣の組の奴でぇ・・・
確かコンピュータおたくって噂のぉ・・・」
和海は中野のことをよく知らなかったが、
中野は和海のことをよく知っている口調だった。
(・・・何故だ・・・)
この時和海の頭の中には、彼に関することは何一つ浮かんでこなかった。
「先輩、一応病人なんですからこんなところで遊んでないで、早く帰りましょう」
「あ、あぁ、そだな」
そういって2人は自転車を走らせた。
「県大会まで、1ヶ月ですね、先輩!」
考え事をしながら自転車をこいでいる和海に奈美は話しかける。
「せんぱい!!」
上の空でその言葉を聞いていなかった和海に奈美は叫んだ。
「!!・・・な、なんだよ」
「ぼ〜っとしてると危ないですよぉ・・・」
まったくもう・・・といった風に奈美がふくれた。
「悪ィ悪ィ、で、なんだっけ?」
「県大会がんばってくださいね・・・って」
再び奈美はほっぺをふくらませたまま言った。
「あぁ、俺の意地にかけても地区インターハイには行くさ」
すねたそぶりの奈美に、和海は大きくガッツポーズをした。
それから2人は途中で別れ、家についた和海は晩御飯を食べて、
そのまま自分の部屋に入った。
そしていつものようにパソコンのスイッチを入れ、
最近買ってきたCD-ROMをドライブに挿入し、
スタートボタンをクリックした。
それは戦略系のゲームで、敵と一緒にムカツキをも撃破していった。
・・・・・・と・・・
「トゥルルルルル トゥルルルル」
部屋の電話が鳴った。あわてて和海は受話器を取る。
「・・・もしもし、松垣ですが・・・」
「おっす、俺だ。摩佐だ」
「なんだ、てめぇか」
「ごあいさつだなぁ、
せっかく久しぶりに近況報告してやろうと思ったのによ」
・・・一瞬、和海の口元がピクッと反応した。
「おい、てめぇの彼女のこととか言うんぢゃねぇよな」
「・・・・・・は、はは・・・よく分かったな」
「いつものことだろうが、摩佐!!」
「へっへー。そうカリカリしない」
「ちっ」
和海は最近舌打ちが多いなと、ふと思った。
「なぁ和。DREAMERって誰か分かるか?」
「知るわけねぇだろうが」
「あいつ、この間ボロだしたぞ」
「ボロ?」
「どっかの県の高校生だってことしか書いてなかったろ?
でもよコンピュータ同好会の部員らしいぜ」
「ふーん、うちの県ならコンピュータ同好会があるのは、うちと新高
と下工業高ぐらいだな」
「つまり、てめぇの近所かもしれねぇってことだ」
「違うかもしれねぇだろ」
「探してみろよ、和」
「暇なときな。で、他に用件は?」
半分寝ながら、和海は尋ねた。今日はやっぱり疲れたようだ。
「おぉ、実はな、この間彼女とユーエンチに・・・・・・」
「切るぞ!!」
「ジョークだよ、ジョーク。そんなことより県大会負けんなよ」
「わかったよ。じゃあな」
そういって、和海は電話を切った。
「ったく、いつもいつも・・・」
和海は苦笑いを浮かべながらパソコンの電源を切り、
ベットに寝転がった。
・・・・・・十数秒数える間もなく、和海の意識は深い眠りの中へと
吸い込まれていった。
――県大会当日、和海は準決勝までコマを進めていた。
「くっ、なんでだよ」
和海の身体は鉛にでもなったように重い。
が、相手の秀直の動きはあくまで軽快だ。
しかも、すでに2セット取られていた。後がない・・・。
「ジュース!!」
審判が叫んだ。何が何でも逆転しないといけない。
「くっ!」
秀直の打ったボールが和海の動きの逆をついた。再び40-40。
「和海ィ、もうあきらめろよ」
勝ち誇った顔で秀直が笑った。
「くっ!!」
和海はラケットを落としてしまった。
「秀直の打ったボールは和海のコートのギリギリに決まっていた。
「・・・負けた」
その瞬間、和海はすべての観客から白い目で見られたような気がした。
「和海ィ、悪ぃな。地区大会はもらったぜ」
「松垣、お前やる気あんのか?やる気がないなら退部してもいいんだぞ」
「・・・先輩、最低ですね」
秀直、柿崎、そして奈美までが和海に罵声を投げかけた。
みんなの冷たい視線が突き刺さる。
そして、友人たちもが和海から遠ざかっていった。
「一人・・・か」
コートを殴って和海は呟くのだった。
ガバッ!
・・・不意に和海は飛び起きた。
「ハァ・・・ハァ・・・ゆ、夢か」
嫌な夢だった。気がつくと服は汗でびっしょりとしている。
既に時計の針は夜中の2時を指していた。
「ハ・・・ハハ、まさかな。正夢ってオチじゃねぇよな」
服を着替え、不安を吹き飛ばすようにいつもの音楽をかけると、
再び布団にもぐり込んだ。
「オイ、どうしたんだ?」
次の日の放課後、ボ〜ッとしている和海に秀直が話しかけた。
「さぁ」
「さぁ、じゃねぇよ。一日中ボーッとしてる上に、
目の下にくままで作って、何を言われてもてんで上の空だろ」
それだけ指摘されて、和海は口を開いた。
「昨日の夢でさ、俺とお前が準決でぶつかって、
お前は本当に軽そうに動くのに、
俺の身体はヨロイをつけてるみてぇに重くて思うように動けなかった。
そうこうしている間に俺が負けて、
そのあと、俺をみんなは冷たい目で見てたんだ・・・」
「・・・で、寝不足か。安心しろよ、多分・・・いや絶対正夢だ」
嫌みそうに笑って、秀直は歩いていった。
「・・・ハァ・・・」
いつものように反撃する力さえもない。
深いため息をついて、和海もグランドに歩いていった。