子供の発達への影響


20001211

CSN #165

アメリカでは約1,200万人の18歳以下の子供たちが、学習障害(LD)、発達障害、行動障害のうち少なくとも1つを患っていると試算されています。また、注意欠陥多動性障害(ADHD)の子供たちが少なくとも学童の約3-6%あると試算されおり、最近の研究ではその有症率が17%にまで達している可能性が示唆されています。また、学習障害(LD)から特殊学級に通っている子供たちは、1977年から1994年にかけて約2倍に増加しています。カリフォルニアでは自閉症の子供たちが1987年から1998年にかけて約2倍に増加しています[1] 

これら一連の統計値は、「流行病を示唆しているのではないか」という見方もされています。20005月に「社会正義のための偉大なるボストン医師団:Greater Boston Physicians for Social Responsibility (GBPSR)」によって発表された「IN HARM'S WAY: TOXIC THREATS TO CHILD DEVELOPMENT[1]では、子供たちの学習や行動傷害などの神経発達に対して、どのような有害化学物質が関与しているか報告しています。もちろん、これらの神経発達に対しては、遺伝的要因、社会環境要因などが複雑に作用しており、有害化学物質だけの要因として考えることはできません[2]。しかしこの報告書は、「有害化学物質への曝露はこれらの影響に対する予防が可能」として、綿密に調査する必要があると述べています。 

この報告書では、発達神経毒性を有する化学物質をいくつか取り上げ、次のように報告しています。 

   

幼年期及び子供時代の血中鉛濃度の上昇は、注意欠陥、衝動的な行動の増加、学業の低下、攻撃性、非行行動のなどに関係している。学習への影響は、現在安全レベルと考えられている血中鉛濃度以下の子供たちにも観察される。 

    水銀

胎児期にメチル水銀に大量に曝露すると、知恵遅れ、歩行や視覚障害の原因となる。また、少量の曝露であっても、母親が日常的に曝露した魚を食べることによって、一生涯において、言語・注意力・記憶障害と関係してきた。 

    マンガン

マンガンは、体内の酵素の反応触媒として必須成分であるが、子供が過度に摂取すると。活動亢進や学習障害に結びつく可能性が報告されている。 

    ニコチン

妊娠中に喫煙している母親から産まれた子供は、知能指数(IQ)低下、学習障害、注意欠陥のリスクがある。間接的にたばこの煙に曝露している女性から産まれた子供(例えば夫が家の中で喫煙しており、その煙を妊婦が吸う場合)は、言語障害、語学力や知能の衰えのリスクがある。 

    ダイオキシン類、ポリ塩化ビフェニール(PCBs)

胎児期にダイオキシン類に曝露した猿において、学習障害が生じた証拠が示されている。胎児期に低濃度のポリ塩化ビフェニール類(PCBs)に曝露した人や動物の研究によると、学習障害が生じたとされる報告がある。胎児期の間にポリ塩化ビフェニール類(PCBs)に曝露した子供たちは、数年後に試験を行った時に、知能指数(IQ)低下、活動亢進、注意欠陥を示した報告がある。 

    農薬、殺虫剤

一般に使用されている有機リン系農薬(DFP、クロルピリホス、ジアソン)を用いて行った動物実験によると、わずかな投与であっても、発達の重要な時期であれば、活動亢進、脳内神経伝達物質濃度の永久的な変化を生じる。また、このことはいくつかのピレステロイド系殺虫剤(アレスリン、デルタメスリン、シパメスリン)にも当てはまる。シロアリ駆除剤や家庭用殺虫剤として使用される有機リン系殺虫剤であるクロルピリホスは、脳の発達においてDNAの合成を減少させ、細胞数の不足を生じる。メキシコの農業地帯で多種の農薬に曝露した子供たちにおいて、体力低下、協調性低下、記憶力の低下、絵を描くときに見慣れたものを書く能力の低下が観察されている。 

    有機溶剤

子供の発達中に有機溶剤に曝露すると、先天性異常、活動亢進、注意欠陥、知能指数(IQ)低下、学習障害、記憶障害が生じる可能性がある。妊娠中に妊婦がアルコール飲料を毎日少量飲むことは、産まれた子供たちにおいて、衝動行為、記憶や知能指数(IQ)や学業や社会適応力において永久的な障害を生じる可能性がある。動物実験や限定された人の研究ではあるが、トルエン、トリクロロエチレン、キシレン、スチレンなどの有機溶剤に妊娠期間中に曝露すると、特に大量に曝露した場合、産まれた子供たちにおいて学習障害や行動異常を生じる可能性がある。 

 

そしてこの報告書では、子供の発達への影響に関して、いくつかの現状の問題点と今後の課題を取り上げています。それらをまとめると、次のようになります。 

1)膨大かつ高度な科学技術情報が、子供の発達の分野においてコミュニケーション・ギャップを引き起こし、さまざまなバイアスによって容易に理解できないようになってしまい、そのため子供たちの行動や認識に関する異常は、「シンドローム:症候群」というカテゴリーに分類されている。 

2)遺伝的要因は非常に重要ではあるが、ある遺伝子は環境要因が引き金となって影響されやすいため、分離して調査すべきではない。 

3)神経毒性物質は、単なる潜在的な影響ではなく、いくつかの事例では急性影響が現在の曝露レベルで生じている。また、莫大な量の神経毒性物質が環境中に排出されている[3] 

4)これまでの歴史において、私たちの科学は、有害化学物質の影響を十分に予測できず、これまでの規制は子供たちの健康を必ずしも守ることができなかった。 

5)これら有害な神経毒性物質から子供たちを守るために、予防原則が必要である。

 

私たちは、これまで得られた科学的知見に基づいて、さまざまな事象に対して判断していかねばならないのですが、科学には制限や制約があること、そして私たちはその科学に対して常に謙虚でなければならないこと。全ての事実関係が明らかになっていなくても、「予防原則」に基づいて行動することを考えなければならないこと。このことを、科学者、行政、企業、市民が理解しなければならないと思います。

AuthorKenichi Azuma

<参考文献>

[1] Ted Schettler et al., “IN HARM'S WAY: TOXIC THREATS TO CHILD DEVELOPMENT”, Cambridge, Mass.: Greater Boston Physicians for Social Responsibility (GBPSR), May 2000
http://www.igc.org/psr/

[2] Kenichi Azuma, 注意欠陥多動性障害(ADHD)と子供の環境, CSN #113, December 13, 1999
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/Dec1999/991210.html

[3] Kenichi Azuma, 子供の発達と学習, CSN #157, October 16, 2000
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/Oct2000/001016.htm


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