子供の発達と学習
2000年10月16日
CSN #157
アメリカ国立環境トラスト(NET)、社会的責任を果たすための医師団(PSR)、アメリカ学習障害協会(LDA)が共同で、2000年9月に「Polluting Our Future;汚染物質と未来−子供の発達と学習に影響する化学物質汚染−」という報告書を発表しました[1][2]。この報告書では、子供の健康や発達に関連する有害化学物質の発生源や発生レベルについて報告しています。
アメリカにはTRI(Toxic Release Inventory:有害化学物質排出目録)という制度があり、指定された製造業者の施設が、定められた約650種類の化学物質の使用量、製造量、取扱量、輸送量、環境中への排出量をアメリカ環境保護庁(USEPA)に毎年届けることになっています[3]。
しかしこの報告書では、アメリカの産業界は、アメリカで排出されている発達毒性及び神経毒性をもつ化学物質全体の約5%(約12億ポンド;約54万トン)しかアメリカ環境保護庁に報告していないと述べています。そして実際には、アメリカ全体で毎年約240億ポンド(約1,090万トン)の発達毒性や神経毒性を有する化学物質が環境中に排出されており、数百万人の子供たちに対して発達障害を引き起こしていると試算しています[1][2]。
表1 1998年アメリカにおける大気及び水系への発達毒性及び神経毒性物質の排出量([2]をもとに作成)
分類 |
大気及び水系への排出量(ポンド) |
全体に対する割合(%) |
発達毒性物質 |
153,210,097 |
6.7 |
神経毒性物質 |
1,207,895,893 |
53.0 |
発達及び神経毒性物質 |
153,138,267 |
6.7 |
全体 |
1,207,967,723 |
53.0 |
表2 1998年アメリカにおける大気及び水系への発達及び神経毒性物質排出量トップ17([2]をもとに作成)
産業 |
発達及び神経毒性物質 |
化学関連業 |
329,852,556 |
製紙 |
187,553,811 |
金属 |
107,733,441 |
ゴム・プラスチックス |
105,272,479 |
電気事業 |
78,312,416 |
運送設備 |
78,035,222 |
食品 |
61,144,420 |
石油精製 |
51,258,661 |
金属加工製品 |
33,801,646 |
木質製品(家具除く) |
32,263,591 |
石材・陶器・ガラス・コンクリート製品 |
29,334,102 |
印刷・出版 |
21,537,525 |
家具・備品 |
15,201,167 |
電気・電子部品 |
14,950,300 |
機械装置(電気除く) |
14,748,792 |
繊維 |
11,090,370 |
その他製造業 |
9,253,778 |
表2から明らかなように、産業別にみると、製紙、金属、ゴム・プラスチックス産業からの排出量が多くなっています。また報告書では、トルエンの排出量は印刷産業が最も多かったと述べています。そして印刷工場は、規模が小さく住宅地域に隣接している工場が多いので、子供の健康影響に関して重要な産業であると報告しています。
発達及び神経毒性に関係する子供の健康という観点からは、最近8年間において、低出生体重時(LBW)が6%増加していること、早産が約4%増加していること、心房中隔欠損症が2倍に増えていると報告しています。
また、アメリカ国税調査局(CB)によると、18歳以下の約1,200万人の子供たち(全体の6人に1人)が、精神遅延、奇形児、自閉症、注意欠陥多動症候群(ADHD)を含む、発達障害、学習障害、行動障害の少なくとも1つに苦しんでいると試算していると報告しています。
そして2000年6月に発表されたアメリカ国立科学アカデミーの報告書[4]によると、発達障害をもつ子供たちの約3%(アメリカの子供全体では200人に1人に相当:36万人に相当)は、鉛、ポリ塩化ビフェニール(PCBs)、水銀などの化学的因子や放射線などの物理的因子に対する曝露が原因であり、約25%は遺伝的要因と環境要因との複合が原因だろうと述べています。
これらの状況を総括し、「Polluting Our Future;汚染物質と未来−子供の発達と学習に影響する化学物質汚染−」では、次の勧告を行っています。
(勧告)
*日本ではアメリカのTRIをモデルに作成したPRTR(環境汚染物質排出移動登録)が2001年4月から開始されます[5]。
アメリカ国立科学アカデミーの報告書[4]にある子供の発達障害と化学因子との関係と、1998年アメリカにおける大気及び水系への発達及び神経毒性物質排出量(表1、表2、図1)とを直接結びつけることはできません。子供たちが有害化学物質に曝露する経路は、大気、室内空気、飲食物、母親の胎内などさまざまであり、どの経路からの曝露が要因となっているかは明らかにされておりません。今後、さらなる研究が必要と思われます。
ただし、環境中に大量に排出されている発達及び神経毒性物質が、そのリスクを増大している可能性は否定できません。アメリカのTRIや日本のPRTRは、環境中への有害化学物質排出量を低減するための推進力になると言われています。対象事業所、対象化学物質、報告が必要な基準排出量など、今後徐々に見直しが行われると思いますが、産業界全体が、これまで以上に有害化学物質と環境及び健康との調和を目指した事業活動を行うことが望まれています。
Author:東 賢一
<参考文献>
[1] Cat
Lazaroff, Environment News
Service (ENS), Toxic Chemicals Linked to Health Problems
in Children,
September 7, 2000
http://ens.lycos.com/ens/sep2000/2000L-09-07-06.html
[2] National
Environmental Trust, Physicians for Social
Responsibility, and Learning
Disabilities Association of America, “Polluting
Our Future”, September 2000
http://www.safekidsinfo.org
[3] Kenichi Azuma,
1998年度アメリカ有害化学物質排出目録(TRI)の概要, CSN #137, May 29, 2000
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/May2000/000529.htm
[4] Committee on Developmental
Toxicology, Board on Environmental Studies
and Toxicology, National Research
Council, “Scientific Frontiers in Developmental
Toxicology and Risk Assessment”, ISBN: 0-309-07086-4, June 2000
http://www.nap.edu/books/0309070864/html/
[5] Kenichi Azuma,
アメリカの微量有害物質排出規制報告の強化, CSN #111, November 28, 2000
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/Nov1999/991128.html