紙面を賑わす農薬


1999年7月29日

CSN #082

農薬は、除草性、殺虫性、殺菌性、殺鼠性、忌避性など農作物や農産物に被害を与える生物を防除するために用いられ、そのほとんどが毒性を有する化学物質です。DDT、ディルドリン、アルドリン、エンドリン、クロルデン、ヘプタクロルなど、従来幅広く使用されていた農薬が、その毒性と環境中の残留性、難分解性、生物濃縮性から、現在では生産・販売・使用禁止になっています。 

しかしながら、現在でもアトラジン、アラクロール、エンドスルファン、カルバリル、ケルセン、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸、ジネブ、シマジン、マラチオン、マンネブなどの農薬が、日本国内で使用されています。 

また、最近安全性が問題となっている、遺伝子組み替え作物には、除草剤耐性を有する遺伝子組み替え技術を用いている作物があります。この作物には、特定の除草剤を散布しても枯れない遺伝子が組み込まれており、この特定の除草剤を散布すると、この作物以外の雑草が除去できるように設計されています。つまり、この除草剤をセットで用いないと、効果が得られないようになっています。 

このように、現在でも幅広く用いられ、新たな技術開発が進んでいる農薬の、環境中への残留状況、健康影響について、レイチェル・ウィークリー#660で概説していますので、以下に概要を紹介します。

 

<目次>

1,雨水に含まれる農薬と、飲料水への影響
2,非ホジキンリンパ腫(NHL)と農薬曝露との関連性
3,ヒト胎内で検出された農薬残留物
4,大西洋サーモンへ及ぼす農薬の影響
5,食品中の残留農薬
6,後記
 

<記事出典>

レイチェルの環境と健康

RACHEL'S ENVIRONMENT & HEALTH WEEKLY #660. ---July 22, 1999---

編集者:ピーター・モンタギュ(Peter Montague

 

<概要>

レイチェル・ウィークリー#660では、最近発表された農薬に関する記事、論文をもとに概説しています。以下に各記事、論文ごとに、その概要を紹介します。

 

1,雨水に含まれる農薬と、飲料水への影響[1]
(米NEW SCIENTIST199943日号) 

スイスの科学者らが発表した、以下の研究結果が報告されています。

アトラジンは、トリアジン系除草剤の一種で、トウモロコシ畑用に世界中で使用されています。その他、アスパラガス、サトウキビにも使用されています。土壌に処理されて用いられますが、効力の持続時間が極めて長いことが特徴です。このアトラジンについて、レイチェル・ニュースでは以下のように概説しています。 

アトラジンの発癌性は、世界保健機関 (WHO) の国際がん研究機関 (IARC)の分類でも、グループ2B(人に対して発癌性を示す可能性がある)に属しています。グループ2Bでは、他にクロロホルム、鉛などがあります。

 

2,非ホジキンリンパ腫(NHL)と農薬曝露との関連性 

非ホジキンリンパ腫(悪性リンパ腫:NHL)は、白血病などの悪性血液疾患の一つで、白血病細胞を引き起こす癌であり、アメリカをはじめとする世界中の産業国で、急速に増加しています。レイチェル・ウィークリーでは、この状況を以下のように概説しています。

 

また、非ホジキンリンパ腫(NHL)と農薬との関連性を示す研究報告が紹介されています。

フェノキシ系除草剤は、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸 (2,4-Dichlorophenoxy acetic acid, 2,4-D) 2,4,5-トリクロロフェノキシ酢酸 (2,4,5-Trichlorophenoxyacetic acid, 2,4,5-T)が挙げられ、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸は、現在国内で使用されています、2,4,5-トリクロロフェノキシ酢酸は、ベトナム戦争で使用された枯葉剤(オレンジ剤)の1成分であり、不純物としてダイオキシン(2,3,7,8-TCDD)を含み、大きな問題となりました。現在では、製造・販売・使用が中止されています。

ラウンドアップの使用量は、今後数年間増加すると見込まれています。それは、モンサント社が開発した「ラウンドアップレディ」と呼ばれる遺伝子組み替え技術が関係しています。ラウンドアップレディを組み込むことで、ジャガイモやトウモロコシが除草剤耐性を持つようになります。しかし、ラウンドアップ除草剤を使用ないと効果がないように設計されています。ラウンドアップ除草剤を大量に使用することで、作物に害を及ぼす雑草を根絶し、ランドアップレディ作物が効率よく収穫できるようになります。(REHW#637, #638, #639.) 

 

3,ヒト胎内で検出された農薬残留物 

農薬は、私たちが摂取する作物の多くに使用されています。また、飲料水中にも残留農薬が含まれている可能性があります。私たちは、日常の食生活を通じて、農薬を体内に取り込むリスクを持っているのです。レイチェル・ウィークリーでは、最近発表された、ヒト胎内の羊水中で検出された、農薬に関する研究報告を紹介しています。

 

「ヒト胎内における胎児への内分泌攪乱化学物質曝露:ヒト胎内の羊水中における有機塩素化合物の検出」[6]
内分泌社会(Endocrine Society)第81回会議、カリフォルニア州サンディエゴ、1999614 

 

最近、ヒト胎内に残留する有害化学物質の研究が、いくつか発表されています。東京農工大、京都大、横浜市立大の共同研究チームの調査によると、食器などの素材になるポリカーボネートの原料「ビスフェノールA」と、洗浄剤などに使う界面活性剤が分解されてできる「ノニルフェノール」が、胎盤内で母親と胎児を結ぶへその緒から検出されてまいす。また、多環芳香族炭化水素(PAHs)が、母親の胎盤を通じて胎児に曝露し、胎児の発育に影響を与えることが、分子レベルの疫学的研究により立証されています。以下のサイトをご参考下さい。

「胎児における環境汚染影響の分子疫学的研究」住まいにおける化学物質
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/June1999/990603.html

 

4,大西洋サーモンへ及ぼす農薬の影響

農耕地に散布された農薬は、地下水や河川を汚染し、海へと流れていきます。そして、河川や海洋に生息する生き物へ影響を及ぼします。アメリカ政府発行の科学雑誌、環境衛生展望(ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES)19995月号で発表された研究報告が紹介されています。

 

「農薬使用と大西洋サーモン捕獲量の減少:内分泌攪乱化学物質の関与?」[10]

環境衛生展望
(ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES) PERSPECTIVES Vol. 107, No. 5 (May 1999), pgs. 349-357. 

アミノカルブは、国際化学物質安全性計画(IPCS)が作成している国際化学物質安全性カード (ICSC)によると、以下の生体影響があります。

(出典)国立医薬品食品衛生研究所、化学物質情報部:http://www.nihs.go.jp/ICSC/

1)短期暴露の影響

・この物質は神経系に影響を与え、痙攣、呼吸不全を生じることがある。
・コリンエステラーゼ阻害剤。
・死に至ることがある。
・これらの影響は遅れて現われることがある。
・医学的な経過観察が必要である。

2)長期または反復暴露の影響

・この物質は神経系、肝臓に影響を与えることがある。

3)環境への影響

・この物質は環境に有害な場合がある;哺乳類、鳥類、ミツバチ、水生生物への影響に特に注意する

4-ノニルフェノールは、界面活性剤(アニオン、ノニオン)、エチルセルロースの安定剤、油溶性フェノール樹脂、含窒中間物の合成原料、殺虫剤、殺菌剤、防カビ剤、洗剤、油性ワニス、ゴム助剤・加硫促進剤、石油製品の酸化防止剤・腐食防止剤、石油類のスラッジ生成防止など幅広く使用されている化学物質です。界面活性剤の分解生成物として生じることもあり、国内でも河川の水質、底質調査や、下水処理場への流入下水及び放流水から検出されています。詳細は、以下のサイトをご参考下さい。 

「平成10年度 水環境における内分泌攪乱化学物質に関する実態調査結果」について

平成11330日、建設省河川局河川環境課
http://www.moc.go.jp/river/horumon/in990330.html

  

5,食品中の残留農薬 

これまでの説明にあるように、現在でも農薬は農作物に対して広く用いられ、環境中にも広く残留しています。しかし最も懸念されることは、食品中に残留している農薬です。農薬は、日本で約300種類、世界中で約700種類使用されていると言われています。 

日本国内でも、農作物に対する農薬の残留許容量が、厚生省が食品衛生法に基づいて定めた残留農薬基準と、環境庁が農薬取締法の規定に基づいて定める登録保留基準の二つの基準で設定されています。いずれの基準も設定にあたっては、1日摂取許容量(人が一生涯にわたり毎日食べ続けても、人体に害がないと考えられる1日あたりの摂取許容量:ADI)を超えないことを基本的な考え方としています。

レイチェル・ウィークリーでは、今年の2月に発表されたアメリカ消費者連盟の出版物である「消費者レポート」の概要と、このレポートを取り上げたニューヨーク・タイムズ紙の記事について紹介しています。

 

アメリカ消費者連盟による「消費者レポート」 1999年2月号を取り上げたニューヨークタイムズ紙の記事[11]

アメリカの果物と野菜の多くは、米環境保護庁が子供に対して安全と定めている基準値を越える残留農薬が含まれている。

 

メチルパラチオンは有機リン系の農薬で、日本国内では、散布作業者に多数の中毒患者を出したため、毒物及び劇物取締法の特定毒物に指定されています。世界保健機関 (WHO) の国際がん研究機関 (IARC)の分類では、グループ3(人に対する発がん性について分類できない)となっており、トルエンと同じ分類に属します。現在、日本国内では製造・販売・使用が禁止されています。しかし、現在でもアメリカや中南米諸国で使用されており、南アフリカ産オレンジから検出された例があります。 

 

6,後記 

雨水、飲料水、ヒト胎内での残留、海洋生物への影響、食品中での残留など、レイチェル・ウィークリー#660で示されただけでも、私たちの生活環境及び生体内にどれだけ農薬が広まっているかがわかると思います。レイチェル・ウィークリーでは、以下のように締めくくっています。 

  

<本文中の参考文献>

[1] Fred Pearce and Debora Mackenzie, "It's raining pesticides; The water falling from our skies is unfit to drink," NEW SCIENTIST April 3, 1999, pg. 23.
URL: http://www.newscientist.com/ns/19990403/newsstory12.html 

[2] Emmanouil Charizopoulos and Euphemia Papadopoulou-Mourkidou, "Occurrence of Pesticides in Rain of the Axios River Basin, Greece," ENVIRONMENTAL SCIENCE & TECHNOLOGY [ES&T] Vol. 33, No. 14 (July 15, 1999), pgs. 2363-2368. 

[3] Lennart Hardell and Mikael Eriksson, "A Case-Control Study of Non-Hodgkin Lymphoma and Exposure to Pesticides," CANCER Vol. 85, No. 6 (March 15, 1999), pgs. 1353-1360. 

[4] Angela Harras and others, editors, CANCER RATES AND RISKS 4TH EDITION [NIH Publication No. 96-691] (Bethesda, Maryland: National Cancer Institute, 1996), pg. 17. 

[5] M. Nordstrom and others, "Occupational exposures, animal exposure, and smoking as risk factors for hairy cell leukaemia evaluated in a case-control study," BRITISH JOURNAL OF CANCER Vol. 77 (1998), pgs. 2048-2052. 

[6] Warren Foster, Siu Chan, Lawrence Platt, and Claude Hughes, "[P3-357] In utero exposure of the human fetus to xenobiotic endocrine disrupting chemicals: Detection of organochlorine compounds in samples of second trimester human amniotic fluid [abstract presented June 14, 1999 at the Endocrine Society's 81st Annual Meeting in San Diego, California]." Available from The Endocrine Society, 4350 East West Highway, Suite 500, Bethesda, MD 20814-4426. See also, "P3-357 Lay explanation of abstract" also available from the Endocrine Society. 

[7] Alison Motluk, "Bad for the Boys," NEW SCIENTIST June 26, 1999, pg. 15. 

[8] L. You and others, "Impaired male sexual development in perinatal Sprague-Dawley and Long-Evans hooded rats exposed in utero and lactationally to p,p'-DDE," TOXICOLOGICAL SCIENCES [ISSN 1096-6080] Vol. 45, No. 2 (October 1998), pgs. 162-173.  

[9] I.K. Loeffler and R.E. Peterson, "Interactive effects of TCDD and p,p'-DDE on male reproductive tract development in in utero and lactationally exposed rats," TOXICOLOGY AND APPLIED PHARMACOLOGY Vol. 154, No. 1 (January 1, 1999), pgs. 28-39. 

[10] Wayne L. Fairchild and others, "Does an Association between Pesticide Use and Subsequent Declines in Catch of Atlantic Salmon (SALMO SALAR) Represent a Case of Endocrine Disruption?" ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES Vol. 107, No. 5 (May 1999), pgs. 349-357.
URL: http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/1999/107p349-358fairchild/abstract.html 

[11] Marian Burros, "High Pesticide Levels Seen in U.S. Food," NEW YORK TIMES February 19, 1999, pg.
URL: http://archives.nytimes.com(登録(無料)が必要) 

レイチェル・ウィークリーの過去の記事(REHW)は、以下のサイトで見ることができます。

CQS Health and EnvironmentRachel's Environment & Health Weekly Archive
http://www.cqs.com/news/rehw/index.html


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