母乳と6歳児の喘息との関係


1999年10月13日

CSN#102

母乳は、栄養面、母親との触れ合いや絆などの精神面で、とても大きな利点があります。しかし特に、日本、オランダ、ベルギー、ドイツなどの先進工業国や、ダイオキシン類が含まれている除草剤を使用している農業国のヒトの母乳からは、高濃度のダイオキシン類が検出されています[1][2]。また、世界自然保護基金(WWF)の報告書(Chemical Trespass: A Toxic Legacy『化学物質の侵入:有毒な遺産』)によると、イギリスでヒトの母乳から350種類以上の人工汚染物質が見つかっています。この中には87種類のダイオキシン類と、工業製品や農薬を含む190種類の揮発性有機化合物が含まれ、これらは氷山の一角と考えられています[3] 

199982日に発表された、厚生科学研究「母乳中のダイオキシン類に関する調査」の概要では、1998年度において、出産後30日目の母乳を全国21地域で調査した結果が報告されました。その結果、母乳中のダイオキシン類(ポリ塩素化ジベンゾダイオキシンPCDD、ポリ塩素化ジベンゾフランPCDF)とコプラナーPCB(Co-PCB)12種類の平均 濃度(脂肪1g当たり)は、22.2pg-TEQ/g脂肪であり、年々減少してきているが、依然として高い濃度でした[4] 

また同時に、1997年度に母乳中のダイオキシン類の濃度を測定した調査結果が報告されました[4]。この調査は、母親の母乳で保育された1歳児と、人工ミルクで育てられた1歳児について、生後1年時に採血を行い、免疫機能、アレルギ−及び甲状腺機能を評価しました。その結果、母乳で保育された1歳児の免疫機能、アレルギー及び甲状腺機能の検査値の平均は、いずれも正常範囲内で、母乳中のダイオキシン類による1歳児の感染防御力、アレルギー、甲状腺機能及び発育発達への影響は認められませんでした。しかし今後、さらに調査対象者数を増やすとともに、調査結果の医学的、統計的評価について検討を行うなどにより、ダイオキシン類と免疫機能、アレルギー及び甲状腺機能との関連について引き続き調査研究を実施することとしています[4] 

このように、一般に先進工業国などでは母乳が有害化学物質で汚染されています。そのため、人工ミルクに切り替えるべきかどうかが心配されます。しかし母乳の利点は、冒頭で述べた栄養面や精神面以外に、乳児の疾病に対する免疫力にも関わっています。母乳で保育された乳児は、人工ミルクで保育された乳児と比べて病気にかかりにくいと言われています。 

最近この件に関連した研究報告が、1999925日付け英医学会雑誌(BMJ)に掲載されました。この研究は、英国王立健康医学研究会議のW H Oddyらによるもので、乳児に与えるミルクの種類と喘息との関連性について、母乳だけによる保育と人工ミルクによる保育を比較しました [5] 

この研究は西オーストラリアで行われ、、母乳だけで保育した期間と、6歳になった時の喘息症状に関する調査が目的でした。2,187人の子供がオーストラリアのパースにある第3産科病院で、マタニティ・クリニック(妊産婦検診医)によって診断され、6歳になるまで継続されました。 

研究者らは、性別、妊娠期間、家庭内での喫煙、弱齢出産などの主要な因子を考慮に入れて統計解析(無条件のロジスティック解析)を行いました。そしてその結果をもとに、母乳だけによる保育期間と6歳になった時の喘息やアトピー性疾患の発達状況との関連性について解析しました。 

そしてその結果から、生後4ヶ月目まで人工ミルクで保育した場合、母乳だけで保育した場合に比べ、6歳の時に医者に喘息やアトピー性疾患と診断されるリスクが高いことが示されました。それらの概要を表1に示します。 

表1 6歳の時に診断した項目とその発生度合(人口ミルクによる保育/母乳だけの保育:[5]をもとに作成)

6歳の時に診断した項目

人口ミルクによる保育/母乳だけの保育

発生度合

95%信頼間隔

医者に喘息と診断された

1.25

1.02- 1.52

1歳の時から数えて3回以上ゼーゼー呼吸を経験した

1.41

1.14- 1.76

過去にゼーゼー呼吸を経験した

1.31

1.05- 1.64

過去にゼーゼー呼吸によって睡眠障害を経験した

1.42

1.07- 1.89

医者が喘息を診断した時の年齢

危険率1.22

1.03- 1.43

最初にゼーゼー呼吸を経験した年齢

危険率1.36

1.17- 1.59

空気アレルゲンへの皮膚刺激テストでの陽性反応

1.30

1.04- 1.61

 

表1から明らかなように、6歳の時に診断したそれぞれの項目において、母乳だけで保育した乳児と比べ、人工ミルクで保育した乳児は、その発生度合が1.2倍から1.4となっています。 

そしてこれらの結果をもとに、母乳による保育期間との関連性を解析した結果、母乳による保育が出産後少なくとも4ヶ月以上継続されれば、6歳の時に喘息と診断されるリスクが減少すると研究者らは結論を下しました。そしてこの発見は、子供の喘息を理解する上で重要であり、母乳保育を勧めることは、子供が喘息にかかるリスクを減らす可能性があることを示していると報告しました。 

この研究結果に対する専門家のコメントが、次のように附記されていました[5]

「これらの研究結果は、大規模なコホート研究によってさらに調査する必要がある。しかしながら、少なくとも出産後4ヶ月目までの母乳保育は、6歳になった時に喘息やアトピー性疾患と診断されるリスクを減らし、ゼーゼー呼吸や喘息の開始年齢を遅らせる可能性を示している。母乳保育だけの期間を増やすことは、子供の喘息やアトピー性疾患の有症率や発症率を減少させる可能性がある。」 

*コホート研究
ある集団を、曝露されている人々の集団(コホート)と曝露されていない人々の集団に区別し、追跡期間中、例えば20年間の死亡または疾病の発生を調査し、曝露された人々の死亡率または疾病率を曝露されていない人々のそれと比較する。

 

研究が進んでいるダイオキシン類を例に取ると、日本における一般的な生活環境からの暴露の状況は、表2のようになります。つまり表2から明らかなように、食物からの摂取経路が大半を占めています。また、ダイオキシン類は脂質に蓄積しやすいので、海洋汚染が激しい海域の魚をたくさん摂取する環境では、さらにその割合が高くなります[6]

 

2 日本における一般的な生活環境からの推定暴露状況(単位:pg/kg/day [6]をもとに作成)

摂取経路

大都市地域

中小都市地域

バックグラウンド地域

食物

0.263.26

0.263.26

0.263.26

大気

0.18

0.15

0.02

0.001

0.001

0.001

土壌

0.084

0.084

0.008

0.523.53

0.503.50

0.293.29

 

先進工業国などのヒトの母乳に含まれる有害化学物質が乳児に与える影響は、その多くが解明されていないため、潜在的には乳児にとって非常に大きな問題です。早急に有害化学物質の影響に関する研究と汚染を減らす対策を行うべきです。母乳保育に関して世界自然保護基金(WWF)イギリス支部−毒物プログラムのヘッドElizabeth Salter氏は次のように述べています[3]「母乳を止めるべきでない。免疫や栄養面での利点と母子の絆が得られるからである。将来産まれてくる子供が有害汚染物質に曝露しないようすることは、現代社会への大きな挑戦である。」 

Author:東 賢一

<参考文献>

[1] 宮田秀明, 廃棄物学会誌, Vol 8,4, p301-311, 1997 

[2] Kim Hooper, Myrto X. Petreas and others, Environmental Health Perspectives, Vol.107, No.6, June 1999
" Analysis of Breast Milk to Assess Exposure to Chlorinated Contaminants in Kazakhstan "
http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/1999/107p447-457hooper/abstract.html
「母乳分析によるカザフスタンにおける塩素化合物汚染曝露評価」CSN #060で解説しています。
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/June1999/990605.html
 

[3] BBC News Online: Health, June 29, 1999
“British breast milk highly contaminated”
http://news.bbc.co.uk/low/english/health/newsid_380000/380948.stm
「母乳汚染と忘れ去られた危険物」 CSN #073
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/July1999/9907012.html

 

[4] 厚生科学研究「母乳中のダイオキシン類に関する調査」結果概要、厚生省児童家庭局母子保健課、199982
http://www.mhw.go.jp/houdou/1108/h0802-1_18.html#hyo1
 

[5] W H Oddy, P G Holt and others, the British Medical Journal (BMJ), Vol.319, Issue 7213, p815-819, 25 September 1999
http://www.bmj.com/cgi/content/abstract/319/7213/815
"Association between breast feeding and asthma in 6 year old children: findings of a prospective birth cohort study"
 

[6] 「ダイオキシンリスク評価検討会の報告の概要」環境庁、19975
http://www.eic.or.jp/eanet/dioxin/hr_r_idx.html


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