廃棄物処分場周辺地域の健康影響調査
−イギリス保健省(DH)−
2001年10月29日
CSN #210
私たちの生活において、廃棄物処理の問題は非常に重要です。私たちは毎日何らかの廃棄物を排出しています。そして排出された廃棄物の一部は、焼却処理やリサイクル処理が行われ、焼却残灰や、焼却及びリサイクル不可能な廃棄物は、廃棄物処分場へと運ばれます。
そのため廃棄物処分場には、重金属などさまざまな有害化学物質が含まれており、周辺地域に対して悪臭や浸出水による地下水汚染の原因となる可能性があります。そのため、廃棄物処分場の管理が十分に行われていないと、周辺地域に漏出した有害化学物質によって、その地域に住む人たちに健康影響を引き起こす可能性が懸念されます。
廃棄物処分場周辺に住む人たちの健康リスクについて、欧米でこれまで発表された50の研究論文を解析した結果、健康影響リスクの増加がいくつかの廃棄物処分場付近で報告されており、これらの要因について、心理的傾向や社会的な混乱要因による影響を考慮しないわけにはいかないが、ある廃棄物処分場付近に住む人たちにおいて、真の健康リスクを示している可能性があると報告されています[1]。
廃棄物処分場から排出される有害化学物質が周辺住民の健康に与える影響を評価するには、たくさんの課題があります。例えばほとんどの研究において、化学物質への人の曝露量が測定されていないこと、廃棄物処分場付近に住んでいる人たちのストレス、不安感、先入観、喫煙など社会的要因による影響が考慮されていないことが課題とされています。また、複数の化学物質の混合物や、低レベルの化学物質に長期間曝露した時の人への健康影響について、ほとんどわかっていないことも大きな課題としてあげられます[1]。
これまで行われた研究の1つとして、1998年に英医学雑誌ランセットに掲載された「ユーロハズコン研究:EUROHAZCON study」では、欧州10地区における21サイトの廃棄物処分場付近において、ケース・コントロールによる健康影響調査を行った結果、廃棄物処分場から3km以内に住む女性は、それ以外の地域に住む女性と比べて、先天性異常児を出産しやすい可能性があると報告されました [2]。
このような状況のもと、イギリス保健省(Department of Health: DH)では、廃棄物処分場に関わる健康影響調査プログラムを実行しています。表1にその概要を示します[3]。
表1 イギリス保健省の健康影響調査プログラム([3]をもとに作成)
No. |
プログラムの概要 |
報告時期 |
1 |
廃棄物処分場から排出される化学物質による奇形発生の可能性調査 |
2001年秋 |
2 |
先天性異常の既知の原因調査 |
2002年3月 |
3 |
先天性異常及び特異的な奇形の発生率と地理的変化に係る研究 |
2002年夏 |
4 |
廃棄物処分場から排出物による曝露アセスメント |
2003年12月 |
そして2001年8月、このプログラムの報告に先立ち、ロンドン大学インペリアル・カレッジ セントマリー校 疫学公衆衛生部からイギリス保健省に対して、「廃棄物処分場周辺地域に住む人々における出生と発がんに関する調査:Birth outcomes and selected cancers in populations living near landfill site」が報告されました[4][5]。
イギリスには19,196の廃棄物処分場(面積0.05ヘクタール−500ヘクタールの範囲、平均面積1.6ヘクタール)が存在しました。そして、イギリス国内にある160万件の全郵便番号をもとに、居住地域が廃棄物処分場の周囲2km以内とそれ以外の地域に分類されました。2km未満に設定した場合、郵便番号による分類では地方において分類できない地域が生じるため、2kmが用いられました。また、この2kmという距離は、最近WHOのワークショップが、廃棄物処分場からの曝露は、呼吸による場合は周囲1km以内、飲料水による場合は周囲2km以内に限られるであろうと報告した距離とも一致していると述べています[4][6]。
しかしながら、イギリスにある19,196の廃棄物処分場の周囲2km以内に住んでいる人たちは、全人口の約80%にも達しました。そのため、コントロール群である2km以上の距離に住む人たちが約20%となり、比較対照群としては少なすぎます。そこで、1982年以前に閉鎖され、1997年以降に運用が開始された廃棄物処分場と、データの信頼性が十分ではない廃棄物処分場の周囲2km以内に住む人たち(全人口の25%)は除外されました。その結果、9,565の廃棄物処分場を対象として健康調査が行われました。
表2にその調査結果の概要を示します。表2の相対リスクは、廃棄物処分場の周囲2km以内の人々に対するリスクが、それ以外の地域に住む人々に対して、どれほど大きいかを示しています。相対リスクが1.00であれば、リスクは同じであり、1.00より大きければ、リスクが大きいことを意味しています。また、99%信頼区間に1.00が含まれていれば、リスクに差はないと判断されます。
表2 廃棄物処分場周辺地域に住む人々の健康調査結果([5]をもとに作成)
|
疾患 |
2km以内の相対リスク |
|
相対リスク |
99%信頼区間 |
||
出生 |
全ての異常 |
1.01 |
1.01-1.02 |
神経管欠損症 |
1.05 |
1.01-1.09 |
|
心血管欠損症 |
0.96 |
0.93-0.99 |
|
尿道下裂、epispadias 1) |
1.07 |
1.04-1.10 |
|
腹壁欠損症 |
1.08 |
1.01-1.15 |
|
腹壁裂、臍部異常の外科的矯正 |
1.19 |
1.05-1.34 |
|
低体重児出生(2,500g未満) |
1.05 |
1.05-1.06 |
|
超低体重児出生(1,500g未満) |
1.04 |
1.03-1.05 |
|
死産 |
1.00 |
0.99-1.02 |
|
発がん |
膀胱がん |
1.01 |
1.00-1.02 |
肝がん |
1.00 |
0.98-1.03 |
|
脳腫瘍 |
0.99 |
0.98-1.01 |
|
小児白血病 |
0.96 |
0.91-1.00 |
|
成人白血病 |
0.99 |
0.98-1.01 |
1)先天的に陰茎の背側に尿道が溝や裂孔の形で開口した状態
この報告書では、表2の結果から、廃棄物処分場の周囲2km以内に住む人たちは、それ以外の地域に住む人たちに比べ、先天性異常、低体重児出生、超低体重児出生に関するリスクがやや大きいが、発がん性に関しては、リスクに差はないと述べています。また、このような結果が生じた理由は、現時点では説明できず、今後さらに研究を行う必要があると述べています。
今回の調査は、イギリス全土を対象とした非常に大きなスケールの調査であり、これまでの小規模の研究で指摘されたバイアスを可能な限り避けるよう行われました。しかしながら、大きなスケールとしたために、データの記録状況に差があるなど、他のバイアスによる影響を考慮する必要性が生じました。
イギリス全土にわたる調査によって得られた、発がん性に影響はみられないが、先天性異常児にわずかながら差がみられるという結果は、これまで欧米で報告された50の研究論文を総括した、Martine Vrijheid氏の報告[1]でも指摘されています。
データ収集やデータ解析等、課題がいくつかありますが、廃棄物処分場周辺地域に住む人たちの健康に、何らかの影響が生じている可能性が否定できない状況が、明確になりつつあります。廃棄物処理方法や廃棄物処分場の管理基準の見直しなど、廃棄物処分場による健康影響という観点から、廃棄物マネジメントについて再考する必要性があると言えるのではないでしょうか。
Author: Kenichi Azuma
<参考文献>
[1] Martine
Vrijheid, Environmental Health Perspectives, Volume 108, Supplement 1,
pp101-112, March 2000
http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/2000/suppl-1/toc.html
“Health Effects of Residence Near Hazardous Waste Landfill Sites”
(参考)
Kenichi Azuma,廃棄物処分場周辺に住む人たちの健康リスク, CSN #131, April 17, 2000
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/April2000/000417.htm
[2] Dolk H, et al., “Risk of congenital anomalies near hazardous waste landfill sites in Europe: the EUROHAZCON study”, Lancet, Vol. 352, pp423-427, 1998
[3] Department of
Health,Health Effects in relation to Landfill sites
- Update on research, August 2001
http://www.doh.gov.uk/landup.htm
(参考)
Kenichi Azuma,「廃棄物処分場周辺地域の健康影響調査」, CSN #173, February 12, 2001
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/Feb2001/010212.htm
[4] Committee on
Toxicity,Department of Health, “Study
by the Small Area Health Statistics Unit (SAHSU) on health outcomes in
populations living around landfill sites”, COT/2001/04, August 2001
http://www.doh.gov.uk/landfill.htm
[5]Report to the Department of Health; Department of Epidemiology and Public Health, Imperial College St Mary's Campus, “Birth outcomes and selected cancers in populations living near landfill sites”, August 2001
[6] WHO,“Methods of assessing risk to health from exposure to hazards
released from waste landfills”, Report from a WHO meeting, Lodz, Poland,
10-12 April 2000. Bilthoven: WHO Regional Office for Europe, European Centre
for Environment and Health, 2001.
http://www.who.dk/