C54
名誉毀損の立証責任、裁判所のダブル・スタンダード
5月20日の産経新聞は、【正論】拓殖大学客員教授・藤岡信勝 大江氏は裁判で勝ったのか?と言う見出しで、次のように報じていました。
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大東亜戦争末期の沖縄戦で旧日本軍の隊長が住民の集団自決を命じたとするノーベル賞作家、大江健三郎氏の著書により名誉を傷付けられたとして、元隊長らが出版差し止めを求めた訴訟で、最高裁第1小法廷は4月21日、2審で敗訴した原告側の上告を退ける決定を行った。これで、2審の大阪高裁判決が確定し、平成17年8月の提訴以来6年目にして、訴訟に一応の決着が付けられた。この機会に、訴訟に関わってきた1人として沖縄集団自決訴訟とは何であったのか意味を考えておきたい。・・・
(中略)
裁判の最大の争点は隊長命令説の真偽であった。大江氏はその著書『沖縄ノート』の中で、渡嘉敷島の守備隊長・赤松大尉を、「ペテン」「屠殺(とさつ)者」「アイヒマン」「罪の巨塊」などと呼んでいた。ところが、隊長命令説は、県の公刊資料や住民側の手記(宮城晴美『母の遺(のこ)したもの』など)によって、平成12年(2000年)頃までには完全に崩れ去っていた。
◆疑わしきは罰する奇妙な論理
だが、2審は、「その後公刊された資料等により、控訴人梅澤及び赤松大尉の(中略)直接的な自決命令については、その真実性が揺らいだといえるが、本件各記述やその前提とする事実が真実でないことが明白になったとまではいえない」として、被告勝訴の判決を下した。「疑わしきは罰する」ともいえる奇妙な論理である。
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藤岡教授はこの判決を評して、「『疑わしきは罰する』ともいえる奇妙な論理」と評していますが、見方を変えて、この名誉毀損事件で罰せられるべき被告が著者の大江健三郎であることからすれば、「疑わしきを罰しなかった」とも言えると思います。
私はここで、かつての大相撲八百長報道をめぐる名誉毀損事件を思い出します。この裁判では、名誉毀損と訴えたのは、相撲協会と八百長と指摘された力士達で、被告は週刊現代を発行した講談社です。
この裁判で、裁判所は被告に八百長が存在したことの立証を求め、その立証が不十分であるとして、「疑わしき被告」講談社に対して、4785万円の巨額の賠償金支払いを命じる判決が最高裁で確定しました。
同じ名誉毀損事件で、大江健三郎が被告(加害者)の時は原告(被害者)に記述が虚偽である(名誉毀損に該当する)ことの立証を求め、立証不十分として、「疑わしき被告」大江健三郎を免責し、講談社が被告(加害者)の時は被告(加害者)に記事が真実である(名誉毀損に該当しない)ことの立証を求め、立証不十分として「疑わしき被告」講談社を厳罰に処したことになります。
出版・報道による名誉毀損事件において、立証責任はどちらにあるのか、最高裁判所の判断はダブル・スタンダードと言わざるを得ません。
平成23年5月20日 ご意見ご感想は こちらへ トップへ戻る 目次へ
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令和元年10月23日 追記
参考資料 「週間現代 ぶち抜き 大特集「偽りの八百長裁判」全記録 ウソの法廷証言で本誌から4785万円を詐取」
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/2122