・ Japan Tour Report vol.1・


by Natsumu


 これはもう、少し「昔」の話し。マシュー・ボーンがインタビューで、「カンパニーが『くるみ割り人形』でいきなり出演者も劇場も大掛かりなものになった。それまでは、たった7人のカンパニーだったのに」と話しているのを読んだ時、このカンパニーは急激に成長したのだと驚き、そしてとてもミニマムだった頃のカンパニーを思う時-当時私はまだ彼らのことを全く知らなかったにもかかわらず-ちょっとした懐かしさを感じた私がそこにいました。

 まだ海のものとも山のものとも、周りも本人達も分からなかった時代を想像の中で再現すると、なぜか脳裏に思う浮かぶのはスコット・アンブラーがスコットランドのキルトをはき(つまりHighland Flingのジェームズの格好をして)花を持ってうつむく姿。そして、彼の頭上にはシルフがいる。その作品を知る手がかりは、マシューが書いた本と写真だけなのに、何故か強い印象を残す一枚の写真が、私の中にはずっとあったわけです。

 さてそんな昔の記憶は持っていないのに勝手に懐かしさを感じ、それと同時にどんな作品だったのかが気になり続けているHighland Fling。その再演の話しが舞いこんできたのは、『マシューボーンのくるみ割り人形』来日公演の時でした。

 マシューが初めてクラッシックバレエをもとに自分の世界を作り上げた、記念すべき作品『Highland Fling』。それを今再演する意味は何なのか。
 大所帯のプロダクションが続いていたので、原点に戻ろうという考えなのか。(Play Without Wordsは決して大所帯ではないですが)それとも、昔では上手く表現できなかったことが、今ならもっと上手く出来るという自信のもと、この作品の完成度を更にあげたいという事なのか。それとも、純粋にこの作品が好きだからまたやりたいだけなのか。
 とにかく、この原点とも転機ともなった作品を見る事は、マシューの根本にある物を垣間見る事が出来るような気がします。
 という訳で、友谷さんの口から直接、再演は13人(当初は13人と言われていましたが、最終的には11人になってしました)のダンサーで演じるという事を聞き、初演時は7人だった作品が約倍のダンサーで演じられるという事に、作品の広がり、深まりを予感しながら私はその時を楽しみに待ちました。

 さて、次に舞いこんできたのはウィル・ケンプが久々にマシュー作品を踊るという事。私が最後に舞台で彼を見たのは、ロンドン、オールドヴィック劇場の「The Car Man」の初演。
 今まで私が見た彼の舞台は「Cinderella」「Swan Lake」「The Car Man」の合計3作品。彼を見ただけなら、最新は映画「ヴァン・ヘルシング」のプロモーションで来日した時ですが、ダンサーの彼を見るのは数年ぶり。ウィルはどう変わったのか。どう成長したのか。それも今回の見所となりました。

 そして迎えた2005年6月25日。ウィルのサイトでの予告通り、ソワレのキャスティングはウィル・ケンプ。キャスティングボードの前で他のダンサーもチェックします。最近のSwan Lakeと違いお馴染みのメンバーの名前が連なっているのを見て、何だかほっとしてしまう自分を感じつつ会場へ。

 舞台の上には既にセットが置かれています。左は男性用、右は女性用のレストルーム。男性用レストルームでジェームスが倒れている写真を見た事があるので、これが例のトイレなのね、と妙にしみじみ。場内に流れる音楽は、当然スコットランドのもの。
 壁の落書き、男性用小便器の結構リアルな汚れなど、なかなか場末な感じが出てて、それだけでどんな場所のどんな雰囲気の店なのかが想像できます。しかもその落書きから、登場人物達がこの店の常連である事も良く分かる。
 レズの仕事の細かさに、やっぱり今日もにんまりしてしまいます。そして、物語は始りました。

 スウィングドアをなだれ込むように体で開けて入って来た男はジェームズ。彼は既に足下がおぼつかない様子。入って来た途端その顔、その目を見れば、彼がらりってるというのは一目瞭然。そこに更にドラッグを追加します。その表情一つでジェームズの今の状態を見事にウィルは表現していました。上手い!そして大人になった(笑)体格も髪も(おっと。笑)全てがもう大人。もう「ヒナ」呼ばわりなんて出来ません(笑)
 そして、彼は役者としての幅を広げていました。どこから見ても、ドラッグ中毒な表情は間違いなく彼がアクターである証。
 でも、ちょっと待って。何でしょう、この違和感・・・というか、私の中で何かが違うと言っています。何というか、舞台のサイズに彼が合っていないというか。私が座っている場所からは顔の表情が良く見えるので、ウィルが表現しようとしている事は良く伝わるのだけど・・・と、ここで気付きました。そうです。私には顔が良く見えるからジェームズの状態が良く分かる。とにかく、表情が多くの情報を発している。そうです、そうです。ウィルの表現は何だかカメラサイズなのです!アップで撮られる事に慣れた人の表現方法だと感じてしまうほどに。

 映画の影響でしょうか?表情は多くを語っている。でも体全体では、マシュー作品にみるキャラクターの饒舌さが少し乏しいように感じられるのです。
 動きはバレエに見るマイムに似て、マシューの言語(Play without wordsな世界というか・・・)とはちょっと違う。舞台のセットはウィルには小さく見え、すぐ壁に辿り着いてしまうように感じる。ウィルは壁近くになると動きが微妙に止まる気がする。シルフの手が壁から出てきていたずらするシーンなど、特にセットのサイズをこちらも意識してしまうのです。
 ところどころで決めるポーズは美しく、跳躍もキレイですが、マシューよりも何故かロイヤルバレエ学校を感じてしまいます。
 表現者としてのスキルは各段に上がっていますが、数年マシューの舞台から離れていたブランクを感じずにはいられません。他のダンサーがこのカンパニーの定番の人達だけにその差が余計に目立っています。これは、継続する事の意味を感じさせられる事実でした。

 そんなウィルとは逆に、他のダンサー達の動きは実に饒舌。特に今回目を見張らされたのは、マギー役の真実さんでした。どれぐらいかというと、ジェームズよりもマギーから目を離せなくなっていたぐらい(笑)
 登場した時から、オーラが漂い、強烈なインパクト、魅力をこちらに感じさせます。その表情、動きから、ダンサーとしての懐の深さというか、表現者としての熟練度、幅を感じさせられます。生き生きとした表情、気は強いけどジェームズが好きで彼の事を本当に思っているといったマギーの気持ち、キャラクターがダイレクトにこちらに伝わってきます。くるみ割りからこの作品までの間で、グンと成長したんだなぁと驚きとともに喜びを感じさせられたマギー役でした。

 さて、作品そのものは初めて見るからかどうかは分かりませんが、あちこちで色々な事が起きていて、どこを見ていいのか分からない!目が後2、3個欲しい!というマシュー作品のいつものパターンに陥りながら、あっという間に1幕目が終了。もしかして、私はこの物語の小技にあまりついて行けてない?と焦っているうちにインターバルへ突入してしまいました。

 何故か残った印象は「ちょっとごちゃごちゃしている」。それが舞台の狭さから来るものなのか、作品そのものから来るものなのか、それともやっぱり何と言ってもウィルを目で追いかけていて、全体を見るのがちょっと困難な私自身の問題なのか(笑)
 別に物語が分からない訳ではないのですが、整理がついていない感があるのです。何故に?舞台までの距離が近いから?でも前から13列目のこの席は、全体が見渡せるバランスのとれた席で近すぎるという事はありません。
 何だろう、何だろうと思いながら、やっぱり行きつくのはウィルの存在でした。


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