By Natsumu


・Cast・

-2005年2月26日 マチネ-

ヴァルモン子爵:アダム・クーパー、
トゥールヴェル夫人:サラ・ウィルドー
メルトイユ公爵夫人:ヨランダ・ヨーク・エドジェル
ロズモンド夫人:マリリン・カッツ
ヴォランジュ夫人:ウェンディ・ウッドブリッジ
セシル:ナターシャ・ダトン
ダンスニー:ダニエル・デヴィッドソン
ジェルクール伯爵:リシャール・キュルト
プレヴァン/神父:バーネビ・イングラム

-2005年2月27日-

ヴァルモン子爵:アダム・クーパー、
トゥールヴェル夫人:サラ・ウィルドー
メルトイユ公爵夫人:サラ・バロン
ロズモンド夫人:マリリン・カッツ
ヴォランジュ夫人:ヨランダ・ヨーク・エドジェル
セシル:ヘレン・ディクソン
ダンスニー:デーミアン・ジャクソン
ジェルクール伯爵:リシャール・キュルト
プレヴァン/神父:サイモン・クーパー


 台詞は無くても、体の動きだけで言葉を、感情を表現することが出来る。それも、かなり複雑な物語を語ることが可能である事を我々は知っている。
 マシュー・ボーンやマクミランの作品、ノイマイヤーやプティ、その他才能ある振付家たちの作品を見る時、ダンサー達の言葉が、我々の目にしっかりと届いている。

 さて、今回の『危険な関係』である。映画好きの私にしては珍しく、何故か今まで見る機会に恵まれず、レンタルビデオ店でもストックすらしていないと言われ、事前に映画を見る事が出来ずに舞台当日を迎えた。という訳で、大雑把なあらすじは知っている、程度の状態での鑑賞となった。

 白い布が風になびき、飛ばされて行くように取り去られ、現れたのは美しい18世紀の館。燭台を持った影たちが行き交う。そこに現れる黒い仮面をつけた二人の男女。チェンバロの入った室内楽風な音楽と衣装、そして美しい館の舞台装置は、一気に我々を18世紀に連れていってくれる。
が、しかし、ここからがキャストによって全く違う舞台になっていく。

 まず、26日のマチネ。私にとって初めての「危険な関係」の舞台はアダム・クーパーとヨランダ・ヨーク・エドジェルによって演じられた。
 動きはじめた途端すぐに気がついた。二人とも、語っていない。動きはあっても 感情は伴っておらず、それが故に動きに説得力がなく、動きの必然性が感じられない。

 メルトイユ夫人役のダンサーはともかく、アダムまでそうであるとは。動きをこなしているだけにしか見えないなんて。しかも、これは「危険な関係」である。駆け引き、陰謀、策略は人間のどろどろとした欲望や、激しい感情の動きがなければ成り立たないはずであり、登場人物の感情が感じられない、動きが言葉を発していない、というのは致命傷である。おかしい。こんなダンサーではなかったはずなのに。振付けが悪いのか、それともディレクター兼振付け、更に主演と一人3役というのは無理な企画だったのか。踊りではなく、どこか別のところに気を取られているように見えるアダムがそこに居た。

 レズ・ブラザーストンの美しいセットの中で一人、全身で言葉を語り、可憐でしかし情熱的な一面を持つ女性を演じているダンサーが居た。サラ・ウィルドーである。彼女の登場で舞台が漸く命を持ち始めた。今回もアダムの舞台に、欠くべからざる存在である事を認識させてくれる。実に得難いダンサー。彼女を生涯の伴侶に出来て、アダムは本当に幸せだと思わされる。余談だが、彼女にはもう少しブラッシュアップして、クラッシックバレエでも再び活躍してほしいところである。

 さて、もう一人の主役、メルトイユ夫人を演じたヨランダ・ヨーク・エドジェルについて語らなければならない。メルトイユ夫人の役は極めて難しい。なにせ、絶対の存在感が必要なのだから。この役には、立っているだけでどんな人物なのかを強烈にアピールしてくるような力が必要なのではないだろうか。
 映画ではグレン・クローズが演じていたが、メルトイユ夫人にはカリスマ性、男性のような強さが必要である。ヴァルモン子爵と互角に、いやそれ以上の強さを持つ女性に見えなければならないのだろうが、残念ながらエドジェルにはその力が感じられなかった。
 それが故に、この物語はメルトイユとヴァルモンのゲームであり、彼女達がこのゲームのマスターであるはずなのに、存在感の薄さがマスターである事を主張できず、ただの痴情のもつれ、といった方がぴったり来るような物語になってしまっている。
 2幕でドレスがオレンジから赤に変わった時、赤いドレスの人は新しい登場人物?と(顔が肉眼では確認出来ない距離だったとはいえ)私を含め友人も思ったほど、残念ながらこの役に必要な存在感を彼女は有していなかった。そう、最後のシーン、一人でこの物語を締めくくるところでは、気の毒に思えるほどに。と言っても彼女を否定するのではなく、これはミスキャストだったとしか言いようがない。翌日ヴォランジュ夫人役で見たエドジェルは良かったのだから。それほどメルトイユ夫人は、この物語の鍵を握る難しい役所なのだ。

 とは言うものの、舞台全体は事前に東京公演を見た方からの話しに聞いていたほどがっかりする出来ではなく、ある程度の時間を経過して、恐らく成長したのだろうという印象を受けるものだった。過激だと言われていたシーンも、賛否両論あるだろうが聞いていたせいか、さほど驚く事もなく過ぎていく。ただ、全体に「フランス」の香りはなく、時折びっくりするほど率直な「イギリス」の印象は残ったが。

   さて、千秋楽である。昨日のマチネでは開演前に客席を歩くサラ・バロンの姿を見た瞬間、今日は彼女のメルトイユでない事にがっかりしたが、千秋楽で漸くバロンが観られる事になった。彼女が参加すると知った時、この舞台は面白いに違いないと思ったダンサーで、彼女なくしてはこの舞台は成功しないと勝手に思っていたダンサーである。

 昨日と同じ鏡使いが美しいレズの舞台が現れる。この奥行きを感じさせる舞台は、レズの魔法によるものだろう。計算された空間。ライトがそれにきらめきを加えている。
 18世紀を連想させる音楽が始まる。そして、メルトイユ夫人とヴァルモン子爵の登場。その瞬間、これでなくては!という二人がそこにいた。見るものを威圧するようなメルトイユ夫人。そして、余裕を見せるヴァルモン。既に彼等の中では激しい駆け引き、そして共犯者の香りが漂っている。そう、これなのだ。音を発しない台詞がどんどん観客に届いてくる。今日の二人は饒舌でこのゲームのマスターである事が誰の目にも明かである。

 昨日も同じ演出だったのかどうか印象が薄く忘れてしまったが、ヴォランジュ夫人とのカードのシーンではメルトイユの猾さが印象的に描かれる。
 ヴォランジュ夫人のカードを盗み見し、彼女が見ていない時にこっそり別に持っていたカードを忍ばせて勝ってしまうメルトイユ公爵夫人。その表情、行動、そして存在感。汚い手を使っても勝ちたい女性メルトイユ。欲しいものがあれば手段を選ばないという事がここからも見て取れる。
 実に彼女は惚れ惚れとする悪女ぶりで、サラ・バロンはやはり「マシュー組」のダンサーなのだと改めて嬉しくなってしまった。ダンサーである前に役者である、という印象を受ける。マシュー版「シンデレラ」の再演が決まった暁には、マクミランのミューズの一人であったリン・シーモアの後を継ぎ、彼女には義母を演じてもらいたい。

   そんなメルトイユと共犯のヴァルモンも今日は生き生きとしている。アダムも漸く舞台の上だけで見せてくれる、危険な香りを取り戻してくれたようだ。相手が違うとこんなに違うものなのだと驚かされる。白鳥のストレンジャーの時のような衝撃はないが、今日の彼は動きに説得力がある。

 昨日はひときは光って見えたサラ・ウィルドーのトゥールベル夫人。今日も貞淑さ、可憐さ、そして情熱的な女性を好演しているが、今回はメルトイユとヴァルモンもいいので傑出した印象は無い。といってもそれは望ましい事で、3人のバランスが揃った事により、漸く三角関係の図式が見えて来た。今日のヴァルモンはトゥールベル夫人に対する愛と葛藤をこちらにダイレクトに伝えて来る。

 語りはじめたヴァルモン。それはメルトイユとの場面にも大きな変化を齎した。共犯者にして闘い続けている二人。その関係が非常にスリリングに伝わってくる。屈折した愛し方しか出来ないヴァルモンとメルトイユ。ゲームのマスターであると思っていたら、いつの間にかゲームは彼等を飲み込んでしまい、逆に大きな代償を払っていた二人。それが、今日の舞台ではちゃんとこちらに伝わって来た。

 ヴァルモンの死を経て、一人残されたメルトイユ伯爵夫人が舞台中央に現れる。美しい衣装を鎧のように一つづつ身につけ、彼女は気丈に、しかし必死に立ち続ける。噂話しをする人々の声に包まれながら。そして、血塗られた「自由」の文字が背後に現れる。

 サラ・バロンの圧倒的な存在感は最後まで我々の緊張の糸を途切れさせる事無く、この物語に引き付けてくれた。そして、サラ・ウィルドーはイノセントな女性を演じ、我々の心に優しい輝きを残してくれた。

 彼の魅力を最大限に引き出すのは、本人よりも例えばマシューのような他者であるという思いに変わりがないが、この複雑な物語を語る事に途中経過はどうであれ、千秋楽では一つの成功を勝ち得たアダム。
 終演後はスタンディングオベーションがおこり、会場は歓声に包まれた。その中、笑顔をふりまき、飛び跳ねたり手を大きく振ったりしていた上機嫌のサラ・バロンが印象的だった。

 最後に。大掛かりなセット、そして美しい衣装。これだけのプロダクションを日本という国で約1ヶ月に渡り公演出来るという、アダム・クーパーに拍手を贈りたい。1997年にロイヤルバレエを退団した頃の彼からは考えられない程の成長ぶりである。

 今後、この作品が更に磨かれ、ウェストエンドで公演が出来るよう祈るばかりである。


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