ロンドン旅行記
〜英国ロイヤルバレエ「ジゼル」編・3〜


<10/11・夜>

先ほどまでの、おとぎ話のような牧歌的とも言える風景とは一変し、辺りは深い森になっています。舞台の上にはジゼルの墓がありました。以前テレビで見た、どこかのバレエ団のような下敷きになったら死んでしまいそうな、大きな大きな十字架ではなく、常識的な大きさです。

そこにヒラリオンがお墓参りにやってきました。何もこんな夜に来なくてもなどと、思ってはいけません。彼はあっという間にいなくなり、暗い暗い恐ろしいような静寂の中、ミルタが現れました。
まるで白い霧のかかったような森の奥深く、白い美しい妖精が現れる・・・何とも幻想的な場面です。彼女はウィリの女王だけあって、その表情には落ち着きがあり、威厳のようなものも感じさせます。もちろんこの世の者ではないという雰囲気も漂わせています。
マクミランの「三人姉妹」の長女役の時にも感じましたが、ニコラ・トラナーには、しっとりした大人の女性を感じました。
夢の様な光景に引き込まれ、ついでに風邪の影響もあって私の意識も怪しくなってきました。ふうっとなるのをぐっとこらえて意識を取り戻します。いけない・・・どうも微熱が出てきた様です。
辛くなるような静寂のなか、私に睡魔が襲い掛かってきます。困った・・・目は開いているのですが、疲労と風邪、そして幻想的な光景が、私の現実感を奪ってきます。 どうにか意識を現実に繋ぎ止め、舞台に集中します。

ミルタのソロが終わり、ウィリ達が入ってきました。全員オーガンジーのような、白い布の長いベールをかけています。頭からすっぽりかぶった状態で、ベールの端はひざ上ぐらいまであります。ちょっと怖いウィリ達です。全員正しく、死人のようです。
いや、実際若くして亡くなった乙女達がウィリになっているので死人なのですが、これは本当にちょっと怖い。美しいけど恐ろしさを感じさせます。コールドのウィリとミルタに、今度はジゼルが加わりました。彼女も他のウィリ達と同じく、白くて長いベールをかけています。

ミルタの前に進み出ると、彼女がジゼルのベールをとりました。その途端、くるくるとまわりだすジゼル。その瞬間感じた事は、ヴィヴィアナのバランスの素晴らしさと、軽やかさでした。
小柄である事もこの役にぴったり来ているのでしょうが、本当に軽やかです。もう生前のジゼルとは違うジゼルがそこには居ました。感情というものは失ってしまった、ミルタに操られているように見えるジゼル。
その踊りに目を見張ますが、私の意志に逆らうように、意識はどこかへ立ち去ろうとしています。

ウィリ達が退場し、アルブレヒトが現れました。大きな白いユリの花束を持ち、マントを羽織っています。彼も何故わざわざ夜にお墓参りに来るのだろうなどと(もちろん、お忍びで来たからに違いないのですが)、思わず突っ込みを入れてしまいます。
暗い森の中、白い花が美しく浮かび上がります。そこにジゼルが登場。二人のデュエットが始ります。
ヴィヴィアナは更に空気の様に舞い、空中に漂います。体重を感じさせない踊りは、まさに妖精です。アラベスクも安定していて、彼女の踊りの正確さが伺われます。
本来なら記憶を失っているはずのジゼルは、未だにアルブレヒトに愛情を感じている。そのジゼルにけなげさを感じます。

二人が去った後、ウィリに追い詰めえられたヒラリオンが登場しました。彼は別に悪い事はしていないのに、踊り殺されてしまうという、かわいそうな場面です。
何故彼は死ななければならないのか・・・・そうか!ジゼルのお墓参りに手ぶらで来たからなのね!(おいおい)などという遊びを始める元気もなく、舞台の展開を必死で目を開けながら見守ります。
遂にヒラリオンが倒れ、次のえじきアルブレヒトが登場しました。必死に彼をウィリ達から守ろうとするジゼル。ウィリとジゼル達の攻防が続きます。ますますヴィヴィアナの健気さが際立ってきます。空気の様に漂い力強さはないのですが、彼女は必死で愛する人を守るのです。
遠のく意識と幻想的な光景。この絶妙というか、最悪なコンビの前で、私も必死で闘っていました。この舞台を見逃してなるものか。しかし、体は金縛りにあったように動きません。風邪と疲労が私の意識を連れ去ろうとしていました。

・上の写真は、英国ロイヤルバレエ「ジゼル」のパンフレットです。(著者撮影)

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