ロンドン旅行記
〜ストランド・パレス・ホテル編〜


<10/11・深夜>

その声に驚いて振り返ると、私と同様に着替え始めていた友達が、お腹の辺りを押さえて叫んでいました。

「どうしよう、パスポートが無い。どうしよう、どうしよう」
「落ち着いて。良く探して。リュックの中は?」
パニックに陥っている友人を、まずは落ち着かさせなくてはと思い、動揺を隠して冷静な声で尋ねます。
急いで彼女はリュックの中身をひっくり返しましたが、やはりありません。

「どうしよう。パスポートと帰りの航空券もない。どうしよう」
パニックの真っただ中にある友人を宥めます。
「落ち着いて。心当たりはある?」
「どうしよう。劇場のトイレに置き忘れてきちゃった」
「置いて来たって、何で!」

冷静を装っていた私も、これには驚いて大きな声で聞き返していました。
話しを聞いてみると、今から四時間前。ロイヤルの公演が始る前に行った一階席のトイレに入った時、セーフティーバッグに入れてお腹に巻き付けておいたパスポートと航空券、そして日本円の入ったバッグを何故か自ら外して、個室の棚に置き忘れたというのです。
海外では命の次に大切だと言われているパスポートを忘れて来てしまった・・・困った。どうしよう。
「私、もう一度劇場に戻る!」
「ちょっと、待って!もう11時になるのよ。地下鉄の終電がいつなのかもわからず飛びだして行くのは無謀すぎる!」
必死で友人を呼び止めます。
「まずは、座って。今から劇場に電話するから」
うろうろと落ち着かずに歩き回る友人の横で、劇場に電話をかけます。しかし、当然の事ながら、電話は虚しく呼び出し音を繰り返すだけで、答える人は誰もいません。

「でも、行ってみる!」
無駄足になる可能性は大ですが、じっとはしていられないというのは良く分かります。
「ちょっと待って。智子さんに地下鉄が何時までか聞いてみる」
今になって考えてみると、私も慌てていたのでしょう。とにかく誰かにすがりたくて、智子さんに電話をかけました。ところが・・・
「Yes?」
聞こえて来たのは女性の声の英語でした。あれ?直通のはずなのに・・・・
「Hello,I'm Ikeda.I would like to talk Ms.Tomoko」
「あ、日本の方ですか?」
といきなり日本語が返ってきました。ちょっと拍子抜けしながら、
「そうなんです。えっと、智子さん、いらっしゃいますか?」
どうやら同居している方のようです。
「ああ彼女、今夜は友達の家なんですよ」
ああ、どうしようっっっ!!!悪い事が重なっている!
「ああ、そうなんですか。あの・・・実は、友人が劇場にパスポートを置いてきちゃって、今から取りに行こうと思っているんですけど、地下鉄の終電の時間御存知ありませんか?」
事件が起こっている割には間が抜けた質問だと、我ながら思います。
「いや、ちょっと分からないです」
「あの・・・どうもすみませんでした」
「見つかるといいですね」
受話器を置き、友達を振り返りました。

「私、行ってくる!」
「ちょっと待って。私も行く。一人でなんか行かせられない。でも、まずはフロントに相談しよう。もっと違う電話番号も分かるかもしれないし」
急いで体の楽な格好に着替え、貴重品をしっかり携帯してから、部屋を出ます。のんびりエレベーターを待っている時間はないので、迷う事無く階段を選択して掛け降りました。
フロントに直行し、英語が全く駄目な彼女にかわって、私がスタッフに事情を説明します。
「ああ、それならコンシェルジュに言って下さい。そちらの管轄です」
急いですぐ側のコンシェルジュのスタンドに移動します。

深夜だからでしょう。コンシェルジュは一人しかいません。背が低い、スペイン系らしい、髪が黒く目がくりくりっとした30代ぐらいの男性に声をかけました。うーん、「R」が巻いている。かなりスペインなまりが激しい様です。
まず、9時半に公演が終わり、先ほどホテルに帰って来た事を告げます。そして、友人がセーフティーバッグを劇場に置き忘れて来たと言いました。
「何で、フロントに預けなかったんだ」

それを言われると返す言葉もないのですが・・・
ここで、何故私たちがセーフティーバッグを携帯していたかを説明すると、まずホテルの部屋にセーフティーボックスが付いておらず、あまりに巨大なホテルのフロントに預けるよりは、セーフティーバッグで携帯していた方が安全だと思い、持ち歩いていたというのが第一の理由。イタリアで、ツアコンから携帯する方が安全だと教えられた事も災いしました。(国が違うので、預けた方が良かったのでしょう)
それから、今日はハロッズにも行くし、買い物をする事が予想され、パスポートが必要になるかもしれないと思ったのが第二の理由。
そしてこれが一番大きな理由ですが、第三に、セーフティーバッグを、外でわざわざ取り外してしまうなんて事が起こってしまうとは、夢にも思わなかったのです!

「それは、そうなんだけど」
とコシェルジュに答え、更に説明を続けます。劇場に先ほど電話をしたけど誰も出なかった。そう言うと、彼は劇場の電話番号を調べ、電話をかけ始めました。
予想した通り、呼び出し音が続きます。そうこうしている内に、他のお客さんがやってきて、話しを始めました。その間、ずっと呼び出し音は続いています。

「もう、私、待ってられない」
そう言う友人に、
「もうちょっと待って」
「だって、だって」
ガラスでできたドアから外を覗くと、道行く人は傘をさしています。
「とにかく、もうちょっと待って」
他のお客さんの対応が終わり、彼がこちらに戻ってきました。
「でないよ」
そんなの分かってるわよ!と心の中で怒り、
「彼女は劇場に行くと言っているのだけど」
「それなら、タクシーで行かなきゃ。往復で頼むべきだよ」 彼女にその事を告げます。
「じゃあ、お願いします。料金は?」
「往復で£34。OK?」
「いいわ」
コンシェルジュがタクシー会社に電話をかけました。

・トラブル中につき、写真を撮っている場合ではありませんでした。
上の写真は本文とは関係ありませんが、ウェストミンスター寺院です。(著者撮影)

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