ロンドン旅行記
〜タクシー編〜


<10/11・深夜>

うろうろと歩きまわる友人を背中に感じながら、コンシェルジュと話しをします。
「それにしても、何故フロントに預けないんだ!」
「そうよね。そうすべきだったのよね」
と言いながら、何故友人ではなく私が怒られるの?と少々疑問を感じます。
「もう一度、経過を話してくれる?タクシードライバーに僕が説明して、彼にも劇場内部にもついていってもらって、一緒に説明してくれるように頼むから」
親切な人で良かったとほっとします。
「その、セーフティーバッグだけど、どんな感じなの?」
「色は白で、コットン製。大きさはこれぐらいで、ベルトがついてるの」

友人は待ちきれない様子で、表に出たり入ったりしています。
「一体いつになったら来るの?」 いらいらした友人が私に訴えます。
「土曜日の夜だし、雨が降ってるからだろうね」 それにしても遅い。もう15分は待っています。
「大丈夫よ。落ち着いて」
ホテルの前の道には、空のタクシーが行き来していました。ああ、あれに乗れたらすぐなのに。

20分近く待った頃、漸くドライバーがやって来ました。これまたコンシェルジュと同じスペイン系の人のようです。コンシェルジュがドライバーに行き先を示し、住所を教え、それから事の成り行きを説明しました。
「という訳で、彼女達と一緒に劇場に説明して欲しい」
分かったと彼はうなずき、私たちを伴ってホテルを出ました。見ると、白い普通の車。おや?どうなっているんだ?でもまあ、コンシェルジュが呼んだ車だから大丈夫よね。雨の中、車に乗り込みます。

雨のせいか、少し混雑しているロンドンの夜の街をタクシーの窓から眺め、何でこうなってしまったんだろうと、ぼんやり考えていました。今まで騒ぎで忘れていましたが、私の体は風邪の影響で、更にだるくなっています。
その時、ドライバーが声を掛けてきました。
「学生かい?」
「いいえ。違うわ」
「滞在の目的は?」
「観光よ」
「いつ来たの?」
「10月8日。10月14日には日本に帰るの」
分かりにくいスペインなまりの英語にとまどいながらも、会話を続けます。

渋滞に出くわし、彼は行きなりUターンを始め、道を変えました。
この車に対してなのか、他の車に対してなのかは分かりませんが、クラクションが鳴りました。

雨は激しさを増して来ています。そして、道行く車は結構みんな怖いほど飛ばしているのです。雨だし、スリップする事もあるかもしれない。今、ここで交通事故にでもあって死んでしまったら、家族は何故私がこんな深夜にタクシーに乗っていたのかが分からないと思うのだろうなぁという考えが頭によぎります。
死ねない、絶対に死ねない!無事に劇場に着かなければ。

すっかりふさぎ込んでいる友人に、
「大丈夫よ。誰かきっと居るって。だって、さっき大道具さんが仕事していたもの」
そう言いながらも、あれからもう2時間以上経っているので、帰ってしまったかもしれないと考えます。時計は12時近くを指していました。
漸く数時間前に訪れた、ハマースミス駅周辺にやって来ました。 そこで何故かタクシーが止まったのです。彼は懐中電灯を取りだし、劇場案内のパンフレットを照らしました。
「この近くだよね」
えっっ?!場所を知らないの?????
「外見て、分かるかい?」
くらくらして来ました。
「えっと・・・暗くて分かりにくいんだけど。それにさっきは歩きだったし」
その時、隣に座っていた友人がドアを開けて出ていこうとしました。
「私、歩いて探す!」
その途端、ドライバーと私は必死で彼女を呼び止めて叫んでいました。
「駄目よ!」
「降りるんじゃない!!!!」
英語と日本語が飛び交います。

「この周囲を一周するから、良く見ててくれるかい?」
「分かったわ」
二人そろって、必死で劇場を探します。
「あ、あれだっっ!」
高架下のようなところの奥に、ロイヤルの看板が見えました。
「あれかい。そうか。こっちからは入れないからもう一度戻って入り直そう」
一方通行などの関係で、もう一度駅周辺を一周します。そして遂に、我々はこれまた数時間前に後にしたばかりの、ラバッツ・アポロ・ハマースミスの前に到着しました。先ほどの賑わいはまったくなく、ひっそりと寂しげに見えます。

雨の降る中、友人と私は車を降り、急いで劇場の入り口に向かいました。相変わらず、舞台の写真で作ったパネルには、ライトが当たっています。しかし、ドアは全て赤いカーテンがひかれ、鍵がかかっていました。ロビーには電気がついています。
仕方なく、ドアを叩いてみます。声を出してドンドンやっていますが、虚しく響くばかりで誰も出てきません。ドライバーも車を降りてこちらにやって来ます。
「開けて!開けて!」と叫ぶ友人に、
「そうだ、裏口にロイヤルの人達が居るかもしれない!」
と言い、急いで劇場の左側に駆けだしていきました。

すると、大きなトラックが止まっていたのです!

・トラブル中につき、写真を撮っている場合ではありませんでした。
上の写真は本文とは関係ありませんが、セントポール寺院です。(著者撮影)

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