ロンドン旅行記
〜電話編〜


<10/11・深夜>

「あと出来る事は、HIS(航空券を購入した旅行会社)のロンドン事務所の緊急連絡先に電話する事だね」

私はソファーに座り込んで、風邪薬を飲む前に空腹を満たすべく、日本から持ってきたおかしを無心に食べていました。考えてみれば、例の悪夢のようなハロッズのティールーム「ジョージアン」のアフタヌーンティー以来、何も食べていなかったのです。

ベットの上にへたり込んで座っている友人が顔を上げました。
「電話番号はこれ。多分日本人が出てくると思うよ」
友人が受話器を持ち上げます。航空券の件だけでもどうにかならないかと、少し期待して見守ります。
「あ、HISですか?」
ところが・・・・
「はい、はい。ああ、そうなんですか。え?ああ、はい。分かりました。そんな、大変ですよね。どうして未だにそうなんでしょうかね」
え?なになに?何で世間話のような会話をしているの????
「では、失礼しました。すみませんでした」
えっ?電話終わっちゃったよ。
「どうしたの?」
「何かね。HISじゃなくて、日本人の普通の家にかかっちゃって。ロンドン市内らしいんだけど、よくHISだと思ってかけてこられて迷惑しているんだって。どうも、前にその番号を使っていた人がHISの人だったとかで」
「えっ?じゃあ、あの番号は嘘だって事?」
「そうみたい。で、HISに文句を言っているんだけど、未だにほったらかしなんだって」
何という事でしょう。HISのロンドンでの緊急連絡先は、実際には無かったのです。出発前に手渡されたこの番号はなんだったの!
「HISのロンドン事務所も怪しいね。本当にあるのかなあ」
「でも、地図はあるしね。あると思うんだけど」

次に思い付いたのは、日本大使館の緊急連絡先に電話をかける事でした。
「ここも日本語だと思うよ」
と言って番号を渡します。日本を出るときに、一応控えてきた番号ですが、本当に使う事になるとは夢にも思いませんでした。 友人が再び電話をかけます。
「もしもし、え・・・・・・・」
今度は何だろうかと不安になります。受話器を持ったまま、彼女が振り向きました。
「どうしよう、英語だよぉ」
「かして」
今度は私が電話に出ます。

「Hello?」
「もしもし?」
何だ、日本語じゃないの。
「すみません。日本大使館ですよね?」
「そうですが、私は代理というか、何というか」
どうも日本語が怪しい。ネイティブではない様です。
「今、正式な職員はいないんです」
「そうなんですか。あの、実は今日パスポートを劇場に置忘れまして、月曜日にならないと劇場と連絡がとれないので、まだそこにあるのか、紛失してしまったのか分からない状態なのですが、こういう場合どうすればいいのでしょうか?」
「まず、明日警察に行って紛失届を出して下さい。書類が必要ですから。それで、無かった場合は、月曜日に大使館までその書類を持って来て下さい」

電話を切り、明日警察に行こうと友人に言います。明日は、ロンドンについた日に智子さんと約束したウィンザー城へ行く日です。
「今日出来る事は全てやりつくしたし、これで月曜日にバッグが出てきたら問題解決でしょ。明日出来る事は警察に行く以外ないし、鬱々と何もしないで明日を過ごすよりは、気をまぎらわした方がいいから、明日は予定通りウィンザーへ行こう!」
「うん・・・・・」
「月曜日にきっと出てくるよ。大丈夫だって」
その時、彼女の口から意外な答えが返ってきました。

「どうしよう。私、すっごく両親に怒られる」
思わず、は?と思ってしまいました。日本に帰れないかもしれない事よりも、両親の怒りの方が問題な訳?
「え?心配こそすれ、怒りはしないんじゃない?だってもう大人なんだし、困ってるのはあなたなんだし、責任も自分で持ってる訳なんだから」
「いや、絶対に怒る。物凄く怒る。連絡しないでいよう」
どうも彼女の落ち込みの一番の理由は、両親の怒りを買ってしまう事のようです。
「分かった。今から私は一応家に連絡するけど、じゃあ、知らせないように言っておいた方がいいのね?」
「お願い」

国際電話を家にかけ、今日の顛末を報告します。思った通り母の驚きは大きく、「何で?何で?」を繰り返しています。私にも何でだか分からないのよ!と友人の前では言えず、淡々と経過を説明しました。それにしても、お腹に巻いたセーフティーバッグは装着時には異物感があり、外すとホッとするような物で、お腹に巻いていないというのはすぐに気づきそうなものなのですが・・・ましてや取ってしまってから3時間以上座席に座っていた訳ですし。
「でも、お金が入っていたんだったら、絶対出てこないわよ」
「私も、そう思う・・・ま、とにかく全ては月曜日だから」
最後にこの事は彼女の家には黙っていてと頼み、電話を切りました。

受話器を置くと、するべき事は全て終わりました。後は眠るだけです。
風邪がまだ治っていないのに、お風呂に入ろうとする友人を引き留め、就寝の支度を始めます。
漸く、長い一日が終わりました。

・トラブル中につき、写真を撮っている場合ではありませんでした。
上の写真は本文とは関係ありませんが、バッキンガム宮殿の門です。(著者撮影)

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