ロンドン旅行記
〜グリーンパーク編・1〜


<10/13・朝>

土曜の夜から待ち続けていた朝がやってきました。窓から見えるロンドンの街は今日も曇り。薄ぐらい朝です。

だるく、熱い体をベッドから起こします。昨晩、ウィンザー城で強風の中長時間立っていたせいか、ついに熱が出てしまいました。
ホテルに帰る頃にはふらふらし始め、部屋に辿り着いた時には体の節々が痛み出し、指の先が高熱特有の熱さを持ち始めていました。体温計を持っていないので良く分からないのですが、子供の頃から熱がでやすい私の経験では、どうやら8度を越えているようでした。
これは、大変な事になってしまったと思い、とにかく睡眠をとろうとベッドに潜り込んだのが昨夜。そして今、夜ほどの事はありませんが恐らく、未だに熱は出ています。

問題の10時までの時間、最悪の場合を考えてすぐに出かけられるように用意をします。
今日も朝食は抜きですが、風邪にやられた私の体は、食事なんかどうでも良くなって来ていました。一刻、一刻と時は10時に近づいて行きます。

コートを着てブーツを履き、バッグを脇に置いてドキドキしながら二人そろってベッドの側にある電話を見つめます。腕時計で時間を確認し、私が受話器を持ち上げました。10時です。

教えてもらった劇場の事務室のナンバーをダイアルします。すぐに呼び出し音が始まり、3コール目で相手が出ました。心臓の音が聞こえてくる程高鳴ります。不安そうに固唾をのんで私を見守る友人の前で、「Hello」と話し始めました。
電話の向こうからは男性の声が聞こえています。まず最初に友人の名前を告げ、本題に入りました。
「土曜日の夜に劇場一階の女性用トイレでパスポートと航空券、日本円が入った白い布のバッグを忘れたのですが、落とし物で届いていませんか?」
一言一言、はっきりと発音して聞きました。
「いえ、ありません」
その答えは簡潔、かつきっぱりとしていました。
「本当にありませんか?」
「NO」
そのやりとりを隣で見ていた友人の表情が、絶望的になって行きます。
「ありがとうございました」
と言って受話器を置きました。
「ないらしい。まず家に電話して、急いで大使館に行こう!」

さすがにここまで来たら家族に黙っている訳にはいかなくなりました。友人の両親は旅行から恐らくまだ帰っていないという事なので私の家に連絡を入れ、見つからなかったと告げます。受話器から聞こえる絶望的な声に務めて冷静に答えるようにし、これから日本大使館に行くと伝えました。そして、私の家から友人の家に連絡を入れておいて貰うよう頼みました。
私が風邪をひいている事を知っている母に熱が出たことを告げると、私の持っている鎮痛剤が熱冷ましになると教えてくれました。

受話器を置くと同時に急いで荷物をひっつかみ、駆けだすように部屋を出て鍵をかけ、地下鉄コヴェントガーデン駅へと急ぎます。予想されていたパターンでしたが、やはり事がはっきりしてしまった今、失望は隠しきれません。
コヴェントガーデンからピカデリー線で3つ目のグリーンパーク駅を目指し、ホテルから近くて良かったと思いつつ、こんな事にまで立地条件のよさが訳になってしまうなんで、ありがたくなかったと思います。

グリーンパークで地下鉄をおり、改札を抜けて外に出ました。
気分のせいか天気はますます悪くなり、グリーンパークは閑散としてさびれています。小雨もぱらついている為か、時間帯が違うのか、場所が悪いのか、犬の散歩をする人すら出ていませんでした。
大使館はどこだろうと辺りを見回すと、ドーンと大きな日の丸が、向こうに見える建物に架かっていました。それを見た瞬間、今までに感じた事のない安堵感が湧いてきました。日の丸にこんなに安心するなんて、今の私はどうなっちゃってるんだ!と思いそれでも安心に包まれて日の丸に向かって歩き始めます。
歩道を進み、横断歩道を使って大きめの道路を渡ります。そこの信号待ちの間だ、とても変なアジア系の人がいました。
大きな声で歌い、電柱に手をかけて、「雨に唄えば」のジーン・ケリーみたいに歌ってぐるぐる回っているのです。朝から酔っ払っているのか、なんなのか。そして、一緒に信号待ちをしている人達にちょっとからみだしたのです。とにかく、大使館に行く事ぐらいはスムーズにされて欲しいと祈ります。青信号に変わった途端、私たちは逃げるように急いで歩き始めました。

日の丸の掲げられた日本大使館は、日本総領事館と並んで一つの建物に入っています。ドアは一つで中に入ると、ガラスのドアがあり、そこを入ると大使館、そこを入らずに右の階段を登ると総領事館という仕組みです。ガラスのドアからちらっと見える日本大使館は、結構豪華な作りです。
私たちは当然の事ながら、総領事館の方へ進みました。
総領事館は市役所といった感じで、書き物机がドンドンと置かれ、ベンチがあり、窓口があって電話があるといった質素な作り。ロンドンにありながら、日本の市役所「総領事館」。やっている事も出生届やパスポートの紛失再発行手続といった感じで、まさしく日本市(区)役(県庁)所出張所。

窓口は3人ぐらい職員が座っていて、手続きをしに来た人たちが列を作っていました。全員がパスポートを落とした訳ではないのでしょうが、ひっきりなしに窓口には人がやって来ます。
ここはもちろん日本語が通じるので友人一人で行ってもらい、私は熱でまだ少しふらふらしている体をベンチに運びました。

★この続きは6/9掲載予定です★

・トラブル中につき、写真を撮っている場合ではありませんでした。
上の写真は本文とは関係ありませんが、マダムタッソーろう人形館です。(著者撮影)

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