ベンチに腰掛けて、熱でぼうっとしながら友達を待ちます。

受付の前には列が出来ており、床にひかれた線から向こうへは、呼ばれない限り入ることが出来ません。友人はまだ受付にすら辿り着けていません。何とはなしに職員と窓口にやってきた人の会話を聞きます。
「一週間後に日本に帰るんですけど、パスポートをなくして」
ああ、やっぱりそういう人居るんだ。でも、一週間あれば大丈夫。私たちなんて明日よと心のなかでため息をつきます。

漸く友人の番がまわってきました。疲れたなぁと彼女の背中を見つめます。せめて風邪さえひいていなければ・・・窓口に立って数分後、彼女が帰ってきました。
「何だって？」
「それが、本来なら緊急で渡航書というのを発行してくれるそうなんだけど」
「だけど？」
「私の場合帰りの航空券も無くしているから何か、駄目らしくって」
「で、どうしたらいいって？」
「それが・・・」
今までかなりの時間を使って話していたのにも関らず、彼女はいまいち分かっていない様子。今まで彼女を励まし続けて来た私も、風邪のせいもあってさすがに少しカチンと来ました。
「ちゃんと聞いてこなきゃ」
日本語なんだしっかり聞いてきてよ！と言いたいのをぐっとこらえます。再び彼女は列に並び始めました。時間がどんどん経過していきます。

再び戻ってきた彼女が説明を始めます。
「何かね、渡航書を発行してもらうのにまず紛失届がいって、それは出したでしょ。それで、次に航空会社に航空券の再発行をしてもらわなきゃならないんだって。帰る日が確定出来ないと臨時で出す意味がないから出してくれないんだって」
ああ・・・パスポートと航空券両方を無くして八方ふさがりなのねとくらくらして来ました。
「それで、再発行してもらわなきゃならないんだけど。それと写真がいるって」
「持ってるでしょ？」
「持ってるんだけど、地下鉄の７daysチケットに必要だったから、そのサイズに全部切っちゃってて、横が0.5cm足りないのよね。それでもいいかなぁ？」
何故、私に聞くの！今窓口で何で聞いてこないの！！！！
「そんなの、私には分からないから、聞いてきて」
「あ、でも緊急だからスピード写真でもいいって」
「それで、まず最初に何をしないといけないの？」
「航空券の再発行手続。そこの電話で連絡をとってみたらって言われた」
指さす方を見ると、確かに階段の下に公衆電話がありました。英語の出来ない友人にかわり、私が受話器を持ち上げます。まずは怪しげなHISロンドン事務所へ。呼び出し音が始りました。しかし、出てきたのは留守電なのか何なのか。音声は悪く、録音の声が聞こえてきました。これではらちがあかない。でも時間もない。
仕方なく、直接英国航空に電話する事に。

呼び出し音の後、用件に応じて繋ぐ場所が違うので、番号をプッシュして下さいというガイダンスが始りました。しかし、押してもどこか間違っているようで、ちゃんと繋がりません。結局、どっちにしても行かなきゃならなくなるからという事で、急遽ピカデリーに引き返し、リージェントストリートにある英国航空に行く事にしました。

急いで地下鉄の駅に向かい、乗り込みます。一駅乗って下車し、日本大使館と英国航空が近くて良かったと思い、リージェントストリートを歩き始めました。
地図で見る限りではそう距離はないはずなのに、なかなか英国航空が現れません。まだだ、まだだと歩く事数分。漸く英国航空の建物が現れました。急いで中に入ります。

中に入ると、すぐの所に劇場のチケットなどを手配するカウンターがあり、右手奥にインフォメーションセンターがありました。女性の係員が二人座っています。
その一人に航空券を無くしたので再発行して欲しいと告げます。用件を聞いた後、彼女はパソコンに何かを打ち込みました。そして、ポケベルを取りだしたのです。差し出されたポケベルを、これは一体何なんだと思いながら受け取ります。すると、カードを取りだし私の目の前に出しました。
「これを読んで」
書かれていたのは日本語です。そこには『順番が来たら呼びだしますので、その番号のカウンターへ行って下さい』と書かれていました。慣れないシステムに面くらい、更にパニックになりかかっている状態なので日本語がなかなか頭に入ってきません。
「え？」
と言いながらもう一度日本語を読みます。
「あの、ベルがなるまで待つんですか？」
「そうです」
ポケベルを受け取り、待つしかないので仕方なくビルの中で呼びだされるのを待つ事にしました。時間はどんどん過ぎ去っていきます。そして、ベルは全く音を出してはくれませんでした。

・トラブル中につき、写真を撮っている場合ではありませんでした。
上の写真は本文とは関係ありませんが、マダムタッソーろう人形館のエリザベス１世です。（著者撮影）