ロンドン旅行記
〜恐怖の電話編〜


<10/13・夜>

電話を取ったのは、どうやら彼女のお母さんらしい様子。
「あっ、私」
と言ったまま、彼女の声が途切れました。友人のお母さんが何を言っているのかは分かりませんが、私にまで受話器から流れる声が聞こえてきます。こ、これは相当きている様で・・・
「はい・・・はい。分かってます・・・はい」
かつて、彼女がこれほどまで腰が低かった事があるだろうかというぐらい、平謝りの様子。当然でしょうが、いつになく神妙です。
口答え、言い訳、その他は一切なし。とにかく、はいを繰り返しています。表情はどんどん暗くなり、沈み込んでいきました。

「はい。分かりました。ちゃんと反省しています・・・はい・・・はい」
受話器を持ち、どんどん暗くなっていく友人の目の前で、私はブーツを持ち、その様子を見守ります。
ボンドが乾くのを待ちながら、この電話の後、絶対気まずい雰囲気になるんだろうなぁと、暗い気分になって来ました。出来るものなら逃げ出したいという感じ。もうこれ以上疲れる話しはやめてくれ〜状態です。

ひたすら謝り続ける事数分。漸く彼女のお母さんの怒りは全て語られ尽くされたようで、終盤にさしかかりました。
「はい。それじゃ、明日帰ります」
集中砲火を浴び、ものすごく疲れた顔の彼女が受話器を置きました。何と声をかければいいの?と思ったその途端、
「あー、もう私、日本に帰りたくない!」
彼女が叫びました。
『おいおい、待ってよ!私たちがここまで頑張ったのは、日本へ予定通りに帰る為じゃなかったの?!』
と言いたくなるのをぐっと飲み込みます。それにしても、いくらなんでも、そりゃないよ〜と、再びトホホ。

「帰ってきたら、わかってるでしょうね!って。電話では長々と説教できないけどみたいな事言いながら、既に電話でたっぷり怒ってたし。もう、二度と海外旅行に出しませんからね!って。英語がしゃべれるようになるまで、絶対に駄目だって言ってた。お父さんも物凄く怒ってるって」
1トンぐらいの「鬱」という岩の下敷きになったような表情で、友人がこちらを向きました。

「めちゃくちゃブルー。どうしよう。帰りたくな〜い」
だから、その" 帰りたくない "を繰り返さないで欲しいんだけど。と、悲しくなって来ます。
「ああ、こんな事なら、どうせ見つかるんだったら、今日の朝、家に知らせなければ良かった。そうしたら、何事もなく過ぎたのに。そうしたら、こんなに怒っちゃう事なかったのに」
彼女の家に知らせてと母に頼んだのは私で、実際にそれをしたのは頼まれた私の母親です。これには、さすがにちょっとむっときました。
「でも、実際に朝の時点では無かったんだから、仕方なかったじゃない。奇跡的に出てきたからそう言えるけど、これで無かったら、何故今まで黙ってたのって、もっとお母さんは怒ってたと思うよ」
出来るだけ平常心を保って彼女に語りかけます。

「あー、それにしても、めちゃくちゃブルー。凄く家に帰りたくない」
そう言ってベッドの上で沈みこんでいます。
「何をしたのか、ちゃんと分かってるの?!って電話で怒ってた」
いやあ、未だにまだ、ちょっと分かってないみたいだけど。だってさっき、かなり本気で『オペラハウスで落としてたら、すぐ探しに来れたね』って言ってたし・・・・
「あーもー。めちゃくちゃブルー」
「大丈夫よ。一日時間が経てば、かなり怒りはおさまってるって」
「いや、あれは絶対おさまらないって」

落ち込む友人の横で、私は今日買ったお土産のパッキングを始めます。靴底は一応接着終了し、とりあえず帰るまではもってくれそうです。
ため息をつく友人の横で、荷造りをしているうちに、私の方はだんだん楽しくなってきました。無事に帰れる目処がたって、本当によかったなぁと、心の底から安堵と喜びが湧いてきます。

「ねえ、明日空港にちょっと早く行こうか。ターミナル4は免税店とか、結構充実しているそうだから。まだ会社のお土産買ってないんでしょ?」
漸く荷造りを始めた友人に語りかけます。
「そうね。早く出ようか」

明日のフライトは11時20分。チェックインの為には9時20分に着いておく方がいいので、ゆっくり買い物が出来るように、更に時間を取って8時頃に空港に着くようにしようという事になりました。そうと決まれば早く眠るに限ります。すぐに出発出来るように部屋の片付けと荷造りを済ませ、部屋の中を忙しく動き回ります。その横で、友人はためいきばかり。

彼女はその後も、ベッドに入るまでずっとため息をついていたのでした。

・上の写真は、ミュージカルの宣伝用リーフレットです。
左から、ドリアン・グレイの肖像、くるみ割人形(イングリッシュ・ナショナル・バレエ)、キャメロン・マッキントッシュのプロデュース作品をまとめたものです(著者撮影)

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