ロンドン旅行記
〜ヒースロー空港ターミナル4編・1〜


<10/14・朝>

しばらく待った後、電車がホームに入ってきました。さあ、力仕事です。
荷物を電車に積み込まなければなりません。スーツケースの持ち手をぐっと握り締め、ドアが開くと同時に、力を込めてひっぱり上げました。
早く積み込まなくちゃと必死になり、どうにか電車の床にのせるまでは成功。ところが、運悪く、この電車の床は洗濯板のようなものだったのです。

ロンドンの地下鉄には色々なタイプのものが走っているのです。床が日本と同じようなつるっとしたものもあれば、今乗り込んだような木製の洗濯板のような、ぎざぎざの滑り止めのようになったものもあります。座席のつき方も、私が見た中では2種類ありました。

今乗り込んだ電車は二人がけが向かい合い、4人が一組という感じで、左右にあるというもの。靴で踏んでいても凸凹が痛そうな、名付けて「洗濯板」の床の上を、荷物を滑らせる事が不可能なので、仕方なく持ち上げてドアの横のちょっとしたスペースに移動させます。見ると、そのすぐ側の席が2つ空いていました。
荷物に近いという事から、スーツケースはそのまま置き、空いている席に座ります。ここから空港までは約45分かかります。

窓ぎわに私、その隣に友人が座りました。その前には、旅行者らしき老夫婦が腰掛けています。朝のせいか、乗っている人の会話は途切れがちです。
見るとはなしに前の二人を見ていると、彼らの荷物に、旅行会社のものらしいネームラベルがついているのに気が付きました。どうやら、アメリカから来たようです。

何だか暇なので、そのまま周囲の人の観察を続けます。向こうに見えるのは、インド人カップル。男性の頭に巻き付けられた白いターバンが目だっています。
その隣に腰掛けているサリーを纏った女性は、なんだかくたびれた様子。
次に、私たちの隣の席の観察を始めます。進行方向に向かって左側に腰掛けている私たちの席は4つとも埋まっていますが、右側は二人がけに一人づつ腰掛けています。
私たちと同じ側にはTシャツとジーンズを履き、手にコークの瓶を持った20代ぐらいの男性が窓際に座っています。その前の座席にはキャリアウーマンらしき女性が、通路側に座っていました。

地下鉄はどんどん進み、あっという間に地上に出ました。まだ薄ぐらいロンドンの街が窓の外に広がっています。徐々に向こうの方から夜が明けてきています。
「だんだん明るくなってきたね」
と友人の方を向くと、その向こうに先程のTシャツの男性が見えました。今彼は深い眠りに入っているようで、左手にコーラの瓶をしっかり握り、舟を漕いでいます。

電車で居眠りが出来るほど平和なのは日本だけだと言っていたのを思いだし、ロンドンでも朝なら大丈夫なのかしらと眺めます。
その前の女性は、バリバリのキャリアウーマンという感じで、外見からは想像しにくいのですが、紙袋から次々に食べ物を取りだしては食べていました。どうやら朝食のようで、今はバナナに取りかかっています。

朝の電車は面白いと観察を続けます。Tシャツの人の眠りは更に深くなり、今まで以上に激しく舟を漕ぎだしました。
こんなに揺れている人、今まで日本でも見たことがないという程の凄まじさです。こ、怖い。落ちる・・・と思った瞬間、
「ドッターーーーーーンッッ!!!」
何と、彼は椅子から本当に落っこちてしまったのです!

静かな車内に人が倒れる音が響きます。その瞬間、バナナを食べていた、倒れ込んだ人の斜め向かいに座っていた女性は、すっと両足を通路に出して彼をよけていました。余りにも自然に、余りににもスピーディーに。
一方、洗濯板の床に顔から突っ込んで倒れている男性は、何故かコカコーラの瓶をしっかり握り締め、床に倒れたまま起き上がれずにじっとしていました。
何が起こったのか把握するのに時間がかかっているのでしょう。それに、この床に全体重で突っ込んだのですから、ものすごく痛かったはずです。
そんな彼を皆で覗き込み、私たちは彼の行動を固唾を呑んで見守っていました。しばらくしてから、彼が漸く下を向いて顔を押さえたまま、元の椅子に戻るべく動き始めました。どうやら、顔には床板の筋がくっきりとついている様です。

その時、間髪を入れず、私の前に座ったアメリカ人のおじいさんが、その男性に声をかけました。
「グッド・モーニング!」
声を出して笑ってはいけないと思ったのですが、その絶妙のタイミングに、思わず笑いが込み上げてきました。
言った張本人は自分の一言に大満足の様で、思いっきり笑っています。その横で彼の奥さんも夫のジョークに、声を押し殺して笑っていました。
いやあ、珍しいものを見てしまったと、改めて落ちた人をちらっと盗み見ると、彼は相変わらず顔に手をあててうずくまっています。かわいそうに。相当痛かったのでしょう。それにしても、顔から落ちるなんて。

朝のビックリ・ショーを経て、漸くヒースローに到着。再び荷物を持ち上げて移動し、終点のターミナル4で下車ました。

・上の写真は自然史博物館です。(著者撮影)

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