・Consideration about "Play Without Words" ・

〜2004 August By Natsumu〜

:Photo by Ms Yayoi:


プレンティスの目的は何だったのか?

 街の喧噪が聞こえる中、トランペットを吹くスペイトが現れ、青いガウンを着たアンソニーがソファーに横たわって眠っている。Play Without Wordsはそうして始まる。そして、この物語はアンソニーがソファーで眠る中、スペイドが吹くトランペットの音が鳴り響き、その音が最高潮に達した時、アンソニーがハッと目を覚ましたところで終わりを迎える。

 Play Without Wordsの始まりと終わりは一つの輪のように繋がっていて全幕を観た後、我々は時間軸の確認作業を無意識のうちに始めさせられるのである。
 物語の冒頭。どこか憂鬱な揺らぎを持った音楽が始まり、眠るアンソニーの周りにプレンティス、グレンダ、シェーラ、スペイトが現れる。白い布を被せられるアンソニー。
 使われているのはただの白い布なのだが、その意味あいが非常に興味深い。布を被せられたテーブルや椅子は、布を取り除かれた瞬間その存在を認められ、一つの空間を作り出す。白い布は空間を区切り、場面の展開を司っている。そして布は全体を覆う事によって、包み込んだものの存在を抹殺する事が出来る。そんな意味合いを持つ白い布を全身に被せられるアンソニー。そしてその布を被せるのはプレンティス。

 物語はアンソニーの「家」と「人生」に深く関わる人物全てが登場した後、彼がこの「家」に入居してきた場面となる。不動産屋に物件を見せられ、ほぼ即決で契約を結び鍵を受け取るアンソニー。果物か何かの木箱を平気で使い続けている事からも分かるように、余りこだわりがないのが伺える。
 そして問題のプレンティスが登場し、シーラとカフェで会う。ここで、シーラとプレンティスは知り合いだったのか、このカフェで合席した事がきっかけで知り合いになったのかという謎が出てくるが、彼等は間違いなくここで待ち合わせをしていたと思われる。

 この二人の関係は、この物語を観る上での重要なポイントになるので一つづつ整理すると、まず、プレンティスは新聞の求人欄を赤い鉛筆を持ちながらチェックしてカフェのテーブルに座っている。そこにアンソニーに物件を世話した不動産屋が来て、一つ椅子が空いているプレンティスの居るテーブルに座ろうとする。それを断るところから、彼は誰かを待っている事が予想される。
 そして、シーラの到着。注文を聞きに来たスタッフに何もいらないと断るシーラ。彼女が一人で入って来た客だとすると、注文を断るのは不自然であり、連れがいる時にしかそれは成り立たない。つまりプレンティスの連れであるとみるのが自然である。そして、シーラに自分のコーヒー(?)を渡し、チェックしていた新聞を見せるプレンティス。
 彼等はもともと二人一組で仕事をしている仕事仲間なのではないだろうか。今度のターゲットはここにしようとでもいうような会話が聞こえてくる気がする。もちろんそのターゲットとはアンソニー。彼は新聞広告に、召使い募集の記事を出していたのだろう。英国の求人はとにかく新聞である。校長だろうが、MI5(場合によってはスパイ業務も含むらしい)だろうが、どんな求人にも新聞が使われる国なのだから。
 新聞に出ている連絡先にプレンティスは連絡し、アンソニーの家に面接に行く約束を取り付ける。シーラもその電話のやり取りを大人しくボックスの外で待っている。主導権を握っているのは、常にプレンティス。シーラと彼の仕事以外の関係は分からないが、ペアで仕事をしている事からして、お互い欠くべからざる存在のようである。

 さて、婚約者グレンダとアンソニーの関係。この一役三人のシーンは、とても演劇的かつ英国的。オリジナルキャストでいうと、サムとサラーン演じる二人が体と心が一体化したアンソニーとグレンダであり、他の四人は心を演じている。
 サラーンのグレンダはイギリス的「慎み」の表情を浮かべ、英国のアッパークラスの女性という雰囲気。それに対し、エミリーのグレンダはかなり奔放。エミリーを観ていれば、グレンダの抑圧されていない心の中が良く分かる。サムのアンソニーはきゅっと唇を常に結んでいるような、どこか我慢しているというか自信の無さを感じさせられる。婚約者と一線を越えたいと思っても、拒絶されればあっという間に退く、紳士的というのではない、押しの弱さ、自信の無さが伺える。
 一見理想的なカップルに見えるであろう二人の間にある微妙な壁。二人のなれそめは分からないが、HOTなものは余り感じられない。親が決めた婚約者といったところだろうか。とにかく、外見は上品なカップル。しかし、マシューはいつもの通り、表面とは違う内面をちゃんと暴いてみせる。今回は一人の人物を3人で演じる事によって。

 さて、問題のプレンティスがいよいよアンソニーの家に訪れる。スペイトの登場もあったJAZZ CLUBでの騒ぎと、グレンダとのもう一歩踏み込めずしっくり行かない関係に疲れていたのかソファーで深い眠り込んでしまっていたアンソニー。
 眠る彼の横に、音もなく見下ろすようにして立つ3人のプレンティス。初めての出会いではアンソニーが寝起きで錯覚をおこして3人に見えているという演出がなされているが、ここは威圧的で、ある種無気味な存在であるプレンティスという人物を良く表現している。ドアが開いていたのか、招き入れられる前にアンソニーの横に立っているというのが既にかなり怖い。

 この面接のシーンは3人のプレンティスが3人のアンソニーと個別に話し、動きまわっているので何処を、誰を観ればいいのか悩まされるところであるが、物語の鍵を握るのは、やはりオリジナルキャストでいうとスコット・アンブラーが演じるプレンティスだろう。これから彼が住み込みで働きつかえる事になる主人、アンソニー。プロの召使いであり、プライドの高いプレンティスは、引っ越したばかりで家具が揃ってないとはいえ、木箱に腰掛けるようにと言われ、気分をひどく害する。表向きは英国らしく何事もなかったかのようにふるまっていはいるが、この事実が後々にまで尾を引くほど、彼はこの強烈に腹を立てている。心の中では、絶対に「この小僧」と思っているに違いない。

 とにかく、プレンティスはここで働くという事でアンソニーと合意し、求人欄で募集をかけていたのかは分からないが、メイドとしてシーラも一緒に雇ってもらう事に合意させる。

 そうして始まったアンソニー、プレンティス、シーラの3人の生活。英国の召使いはここまでするのかというほど、ユーモアたっぷりの着替えのシーン。クラシカルでバロック調なピアノの音が、「形式美」に拍車をかけていてまたおかしい。続くシャワーシーンにソファーでのくつろぎ。新聞を読むにも、ウィスキーを飲むにも、全て召使いの手助けが入る。もちろん、室内履きを履くのにまで、過剰な手伝いが入る。

 かわいいメイドに妄想を抱き、かゆい所に手が届き過ぎるほど出来すぎた召使いにアンソニーは骨抜きにされていく。何をするにも召し使いの手伝いが入る今、日常の行動で彼が頭を使う事はほとんどないのではないだろうか。献身的と言える召使いの行動。しかし、プレンティスはそこまでしながら、表向きとは裏腹に、「このガキ」という憎しみを持ち続けている。新聞を読む彼の背中に入れるクッションを憎しみを込めて持ち、潰しそうになるほど力いっぱい両手で握り、怒りに震えるプレンティス。本人の能力ではなく、生まれた家、境遇によってこのような生活を享受しているアンソニーへの怒り。つまりは、階級、社会に対する怒り。そして、木箱に座らせて平然としている、階級が身についているというか、気がつかないというか、とにかく不器用で尊敬するに値しないアンソニーに、こうして使えている事のばかばかしさ。つかえる以上、尊敬に値する人間に使われたいと思うのは、当然の事だろう。とにかく、心から彼につかえてない事は確かである。

 さて、気に入らないガキ、アンソニーの婚約者グレンダもプレンティスはとっても気に入らない。お気に入りの音楽をかけて掃除をしていたのにいきなり音楽は止めて自分の好きな曲にかえるは、ホコリが溜まっているわよとチェックはする、あげくの果てに自分の好きな絵画、クッション、植物といった小物まで持ち込み、すっかり女主人気取り。主従関係をはっきりさせるという意図を持ち、彼を試すように自分の持っているバッグを落としてわざと拾わせてみせるグレンダ。屈辱に震えるプレンティス。
 嫁と姑の争いとは言わないが、少し女性的でかなり冷たい張りつめた空気が二人の間には流れている。グレンダもまた、敵にまわしてはいけない相手にケンカを売ってしまった。アンソニーは天然だが、グレンダは確信犯だけにプレンティスの復讐心も深くなるというもの。婚約者とはいえ、プレンティスはグレンダの召使いではないのだから、彼は彼の方法で復習をしはじめる。

 グレンダがセレクトしたらしいパーティーの出席者たち。盛り上がりに欠けるパーティーは、アンソニーのお坊っちゃま育ちの善良さと不器用さが良く出ているし、目隠し鬼ではプレンティスの意地悪さが良く出ている。出席者達は間が持てずにため息をつき、途中ストレンジャーともいえるスペイトの登場で一時盛り上がったかに見えるが、最終的には主役であるアンソニーを一人残して全員が逃げるように帰ってしまう。何とも後味の悪いパーティーである。
 出席者たちの退出を促すプレンティスとシーラ。そして、スペイトにちょっかいを出されるグレンダ。このシーンで既にプレンティスの勝ちが見えてくる。真の友達がいない孤独なアンソニー。そして、その婚約者もスペイトに翻弄され初め、混乱のうちに彼女はアンソニーの家を立ち去る。
 このパーティーの場面でアンソニーの孤独が明白になってくる。グレンダを送り出し、彼女が持ち込んだ植木鉢を外に投げ出しす召使いたち。一幕の終わりは、我々にアンソニーの孤独と彼を社会から隔絶しようとする召使い達の怖さを暗示させる。

 プレンティスの自室。ここで初めて観客は彼の性的嗜好を知る事となる。ビールを片手にテレビを観るプレンティス。そのテレビの側面には、裸体の男性の写真が沢山貼られている。かなりマッチョな写真ばかりで、更に床の上にはダンベルが置かれている。プレンティスがゲイである事をこのシーンは示しているだけでなく、アンソニーは彼のタイプでない事を表している。彼のコレクションからは、男性的で力強いタイプ好きである事が読み取れる。それとは正反対のアンソニー。プレンティスの目的は、アンソニー自身でない事がここから読み取れる。

 さて、アンソニーを外界から隔絶する事に成功しつつあるプレンティスは徹底的にグレンダを遠ざける。知り合いも友達も居ないに等しいアンソニーを軟禁するのは簡単な事。訪ねて来たグレンダを門前払いにする様子からもプレンティスの力が増しているのが見て取れる。
 ソーホーに出かけるプレンティス。ストリップにも顔を出す。夜の雰囲気を楽しんでいるだけなのか、バイセクシャルなのか。なかなか謎が多いプレンティスだが、最終的に彼はスペイトと会う。何処から見ても男性的なスペイト。待ち合わせの場所に現れた彼にプレンティスはグレンダを誘惑するようもちかける。しかし二人の間に流れるのは非常に暴力的かつ、S&M的な空気。噛み付くように話すスペイトと、そんな彼に時には怯えながらも交渉をすすめ、彼のひざに頬ずりまでしてしまうプレンティス。痛みに怯えながらもその感覚にしびれているように見えるプレンティスのマゾヒスティックな表情。一見おどされているだけに見えるシーンだが、プレンティスは間違いなく彼に魅力を感じている。

 グレンダを誘惑する報酬として、何かを手渡すプレンティス。
 いくらアンソニーと連絡をとろうとしてもことごとく邪魔をされ、どんどん距離が出来てしまうグレンダ。そして遂にはプレンティスの仕組んだものだとは知らずにスペイトと一夜をともにしてしまう。一人残された彼女が、安宿で目覚め一人涙するシーンは実に痛々しい。

 プレンティスが行動を起こしている中、シーラも役割を着実に果たしていく。アンソニーの誘惑である。恐らく夜中のキッチン。男心をくすぐる姿で佇むシーラ。その誘惑に素直すぎるほどまっすぐに乗ってしまうアンソニー。この静かな、そして温度を感じさせる音、空気、そして動き。ずっと酔っているような、目眩を感じるような雰囲気をかもし出している音は、アンソニーの状態を良く表している。クモの巣にかかってしまったかのように、絡めとられて行くアンソニー。

 そして朝。ここですっかり立場は逆転する。今迄のかしずくプレンティスはどこにも居ない。主人であるアンソニーの言う事を全く聞かないプレンティス。それどころか文句を言えば逆にとっちめられる始末。
 この豹変ぶりはプレンティスがアンソニーを心身ともに牛耳ったからではない。またシーラに手を出した所を見られ、アンソニーが弱味を握られたから立場が逆転したのでもない。プレンティスはもう、ここでの目的は達成し出て行くつもりなので、これ以上召使いの仕事をする必要が無いのだ。その証拠に彼はまた赤い鉛筆を持ち、新聞の求人欄をチェックしている。
 しかし、アンソニーがその事に気付くはずはなく、洋服がよごれてると詰めより、布を彼に叩き付けて畳めと迫る。ここで盛大な追いかけっこ、プレンティスのお仕置きが始まる。今までの憂さをはらすように彼を追いかけるプレンティス。シーラとプレンティスが実は出来ているという虚偽の姿まで見せつける念の入りよう。腕力でアンソニーが勝てるはずはなく、あっという間にアンソニーは捕まり、従属させられる。

 この家での権力の象徴ともいえるソファーに座り、その横に座らせたアンソニーの髪を、犬にするようになでるプレンティス。初日に箱に座らされた彼は今、主人の座る席に座り、主人を床に座らせている。アルコールも煙草も、プレンティスは彼に分け与えてやるのである。また、キッチンではウィスキーをグラスに注ぎ、アンソニーに分け与えるプレンティスが居る。階段の上には、アンソニーに本を読ませ、肩をマッサージしつつ、逃げられないようにアンソニーを抱きかかえるように覆っているプレンティスも居る。主従関係が取り除かれた今、階級が無視される状況下においては、力の強い方が、知恵を使った方が相手を征服するという事を身をもってプレンティスはアンソニーに教え込んだのだ。

 すっかり傷ついたアンソニー。そこにグレンダがやってくる。彼女もまた傷付いている。
久々にアンソニーの家に入ったグレンダ。しかし、彼女を待ち受けていたのは更なる悲劇。婚約者アンソニーは彼女を拒絶しシーラを求める。アンソニーの家にスペイトが居るところから、グレンダの裏切りを知ってのアンソニーの拒絶とも取れるし、シーラに彼がすっかり心変わりしたともとれる。その一方で、スペイトとグレンダの仲に悩むアンソニーも描かれる。
 クライマックスはアンソニーの夢と現実が交錯した悪夢。色々なシーン、パターンが同時進行で描かれる。どれが現実でどれが夢かは混沌としてはっきりしていない。そんな中、アンソニーはプレンティスに白い布を被せられる。アンソニーはプレンティスからその存在を消されてしまったのだ。存在価値の否定とも言えるし、社会からの抹殺とも取れる。そして、ラストシーン。そして、シーラとプレンティスがアンソニーの家を立ち去っていく中、もう一人のプレンティスはアンソニーを覆っている布をゆっくりと手に取る。彼を振り返る事なく、プレンティスはただ布を持ち、ソファーから離れる事によってアンソニーを覆っていた布を取り去る。自ら存在を否定し、抹殺してしまったアンソニーに、再び現実を見せる為に目を覚まさせるかのように。眠りに逃げる彼に現実を突き付けるかのように。スペイトのトランペットが鳴り響く中、アンソニーは悪夢から突然現実に戻ったように目を覚ます。そして暗転。

 以上が私の観たPlay Without Wordsの一部始終である。既に何度も観た人にとっては今更必要のないものであるが、あえてこの物語の軸となる疑問を考える上では明かにしておきたいディテールを細かく書いた。その軸となる疑問とは何か。それは「プレンティスの目的は何だったのか?」これに尽きるだろう。

 人それぞれその答えは違うのは百も承知で私なりの答えをあえて書くとこうなる。
 まず、プレンティスとシーラは仕事仲間。職業は召使い。今回はアンソニーの家に住み込みで入る。二人で居る理由は、上流階級の家に乗り込み、シーラが主人をたぶらかし、それなりの報酬を得る事。だまし取るなり要求するなりして、通常の仕事をして得る以上のものを得ていると推測できる。ただし、今回いつもと違う事が起こった。それは、アンソニーとその婚約者グレンダに二人が非常に腹を立てた事。二人が非常に若かった事も関係しているかもしれないが、彼等はこの二人のふるまい、行動にあちこちでカチンときている。
 自分達の目的とも微妙に絡んでいるが、それ以上に二人をひどい目に会わせてやりたいという執拗な復讐心が感じられる。プレンティスがスペイトに報酬を渡しているところからして、恐らく彼等はアンソニーの財産を好きに出来るところまで彼の生活に入り込む事に成功したのだろう。そして、アンソニーを骨抜きにし、グレンダを思いっきり傷つけたところで彼等の目的は達成出来たので、彼等はこの家を立ち去る。彼等には、アンソニーに対する執着はない。あくまでもアンソニーは「仕事の相手」である。召使いとして彼等を雇った主人、そして彼等のターゲットとなるカモ。ただ、我々が考える以上に階級社会である英国に住むプレンテイスとシーラの日頃からある社会に対する鬱屈、いら立ちが、若いアンソニーとグレンダに対して爆発したのだ。プレンティスの目的は、アパークラスから物質的なものを奪い取る事。そして、今回はそれに階級社会という理不尽な社会への、個人的な規模ではあるが、反発と仕返しが目的となった。彼の目的。それはこの二つだったのではないだろうか。

 とはいうものの、Play Without Wordsは1役を3人が演じてる事からも分かるように、非常に多様で観客の視点によっていくつもの物語が出来上がる。断定する事は土台不可能であり、野暮なのだろう。

 公演後、アラン・ヴィンセントに質問をする事が出来たので聞いてみた。プレンティスがソーホーでスペイトに渡す白い包み。あれはキャッシュなのか、ドラッグなのか。その答えはこうだった。あれは、どちらでもない。観客が思ったもの、それが答えだ。

 言葉がない故に断定するものがなく、複数で演じる事により、確定する事もない舞台”Play without words”。この物語の結末も、観て行く上での疑問もすべてあの白い包みと同じ。観客が観てそうだと思ったもの。きっとそれが答えなのだ。


"Play Without Words"Japan tour Reportoを見る

HOMEに戻る

Play Without Wordsインデックスに戻る

AMP &Ballet indexを見る