冨田画伯は雑誌「むれしか」(むれしか編集委員会)にスケッチ「万葉紀行」を連載されています。
バ−チャル画廊「大和万葉」のこのペ−ジは冨田画伯のご許可をえてそのイメ−ジを再現しました。
巻3・328 小野 老(おののおゆ)
あをによし 奈良の都は 咲く花の
にほふがごとく 今盛りなり
東大寺大仏殿
京街道の奈良坂を越えて来ると、
このように見事に、せり上がって見えてくる。
大仏開眼。つまり東大寺毘舎那仏の開眼供養は、まさに咲く花の匂う
光景であったろう。
天平勝宝4年(752年)聖武太上天皇をはじめ、列するは、文武百官、僧一万人。
読経や雅楽の音が春日山にこだまし、五色の幡や幟(のぼり)などが四辺にはためき・・・。
だが、都が平安京に遷って四十年の後、治承4年(1180年)、平家の南都焼き打ち
により、その堂塔のほとんどは灰燼に帰し、復興後、さらに永禄十年(1567年)
三好・松永の戦いで、またもや大仏殿は炎上してしまう。
京街道の奈良坂を越えて来ると、見事に、せり上がって見えてくる大仏殿は
創建以来、三度目の姿であり、古都奈良の栄枯盛衰の証人でもあるのだ。
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