インド、ネパ−ル仏跡への旅


竹林精舎の前にある牢獄跡から見た霊鷲山

(この角度からみると行基菩薩の竹林寺から見た生駒山に似ている)

釈尊が最後に大乗仏教の法華経を説かれた土地として有名な霊鷲山。
岩が鷲の羽ばたく姿に似ていることからこの名前がつけられた。左に
1人乗りのリフト(非常に古い木製)を見ながらも、我々は釈尊が通られ
た道を同じように歩いて登る。砂利道の細い道を40分位かけてやっと頂上に
着いた。右に鷲の形をした岩を見ながら歩きそして石段を上がると、そこに20畳
位の石畳みがある。靴を脱ぎ石の上に正座をして、遙か昔に釈尊はここで
こうして説法されたのかと、遙か2500年前の遠い昔の事が
現実にこの場所来て、身近に感じた。

その日は、日本のホテルチエ−ンのセント−ル法華に泊まる。日本語
の看板とそして、玄関で我々を出迎えてくださった日本人支配人の優しそうな顔
を見たときには思わず懐かしさのあまりに涙がでてしまいました。やはり日本人
の顔は優しさがあふれていると思う。何かお困りのご用件はありませ
かと声をかけていただいた。カメラのフイルムがなくなったので早速お願い
してみた。するとすぐに車で隣の町まで1時間かけて買いに行ってくださった
本当に親切にしていただいたのと、夕食での日本食、畳のある部屋で久しぶり
に布団の上で大の字に寝られて、ふっと今、日本に居る気分になりました。

前正覚山
釈尊が6年間もの間断食された山。途中で4輪駆動の小さなバスに乗り換えて山道
を「ガタガタ」と登る。やがて小さな村にたどり着いた。バスを降りてそこから細い山道を歩い登る。やがて20分位で白い建物(寺院)に着く。小さい階段を登ると小さい洞穴
がある。洞窟の中が釈尊が苦行された場所。頭を打たないようににと言われていて
も腰を曲げ、ハイズルようにしないと中に入れない。洞窟の中は真っ暗でロ−ソクの明かりだけを頼りに進んで行くと、石に彫られた苦行中の仏陀の像が据えられている
その隣で3人のチベット仏教の修業僧が1日中お経を唱えているという。

さ−あこれから山を下って帰りますよと合図があった時に、1人の見知らぬ男が
ビニ−ル袋を見せてこの中の2ルピ−(日本円で6円位)がいっぱい入っている。
これを千円で買ってくれと言う事らしい。こんなものでなにをするのか分からないので
私は断った。やがてそのビニール袋の使いみちが分かった。下る道中どこからこんなに
多勢の人が集まったのだろうか、細い道の両側に子供や年老いた女性が、ぼろぼろの
服に裸足のままで並んでいる。そして私たちのメンバ−が前を通るたびに、
どこで覚えたのか、片言の日本語を使い「お金ちょうだい」と何回も繰り返す。
その異様な雰囲気に怖くて立ち止まる人がいる。ガイドさんが我々を心配されてのことか、
自分で買ったビニ−ル袋のお金を手に持ち、やがてばらまくと、人々は争うように奪い合う。
その光景を見ていると、この世に地獄があるとすればまさしくこの光景だと思う。
同じ人間として生まれてきてもこのように違いがあるとは。インドは牛の方が大事
されているように思う。(その夜、何人かでこのことが話題になった。ある年輩の方が、
日本も終戦直後は子供達が食べ物ほしさに、アメリカ軍人の投げるガムやチョコレート
に群がった。諸先輩のお陰で日本は経済大国にはなったが、この先も日本もどうなる
ことか、子供達のためにも、我々がもっと頑張らねばとの話に日本にいる我が子の顔が
思い浮かんできて、しみじみその言葉の意味をかみしめる。)