塩素系化学物質に対する室内空気質ガイドライン
−カリフォルニア州環境保護庁−
2001年10月1日
CSN #206
前報CSN #205において、表1に示すカリフォルニア州環境保護庁の室内空気質ガイドライン[1]の中から、第2回目として、ガイドラインNo. 2「家庭における燃焼汚染物質:Combustion Pollutants in Your Home」の概要を紹介しました[2]。本報では第3回目として、ガイドラインNo. 3「家庭における塩素系化学物質:Chlorinated Chemicals in Your Home」[3]の概要を紹介します。
表1 カリフォルニア州環境保護庁の室内空気質ガイドライン([1]をもとに作成)
内容 |
タイトル |
公表年月 |
ガイドライン No. 1 |
家庭におけるホルムアルデヒド |
1991年9月 |
ガイドライン No. 2 |
家庭における燃焼汚染物質 |
1994年3月 |
ガイドライン No. 3 |
家庭における塩素系化学物質 |
2001年5月 |
FAQ(よくある質問) |
家庭用空気清浄機 |
2000年4月28日 |
小冊子 |
室内空気汚染の削減 |
2001年5月2日 |
家庭内で塩素系化学物質といえば、塩素系漂白剤を思い起こす人が多いかもしれません。塩素系漂白剤の主成分は次亜塩素酸ナトリウムであり、強い酸化力と殺菌力があるため、衣類のしみ取りや漂白、湯飲みなどの茶しぶ落とし、ほ乳瓶、食器やまな板の除菌、更にカビ取りの洗剤などの用途に広く使われています。
塩素系漂白剤の容器には「混ぜるな危険」という注意書きがみられますが、これは、次亜塩素酸ナトリウムが酸性の洗剤などと反応すると、有毒な塩素ガスが発生するからです。そのため、他の物質と混ざらないように使用することが大切です。混ぜたら危険な物質の例としては、酸性の洗剤、酢、クエン酸などがあります。
また、塩素ガスの発生を防止するために、塩素系漂白剤には、アルカリ剤として水酸化ナトリウムが入っています。水酸化ナトリウムは強アルカリ性の化学物質で、眼・皮膚・気道に対して強い腐食性があるので、塩素系漂白剤を使用する時は、原液を素手で扱わないようにし、もし手に付いた場合は、直ちに大量の水で洗い流す必要があります。また、小さな子供のいる家庭では、子供の手が届く場所には放置しないよう注意が必要です。
その他、塩素系漂白剤以外で、家庭内で使用される代表的な塩素系化学物質といえば、パラジクロロベンゼンがあります。カリフォルニア州環境保護庁の室内空気質ガイドラインNo. 3「家庭における塩素系化学物質:Chlorinated Chemicals in Your Home」では、パラジクロロベンゼンを含む6つの塩素系化学物質を取り上げ、1)塩素系化学物質と健康、2)室内での排出源、3)塩素系化学物質への曝露を低減する方法について概説しています。以下に、それぞれの概要を示します。
1) 塩素系化学物質と健康
このガイドラインで取り上げている塩素系化学物質は、クロロホルム(chloroform: CAS登録番号67-66-3)、パラジクロロベンゼン(para-dichlorobenzene:CAS登録番号106-46-7)、テトラクロロエチレン(perchloroethylene: CAS登録番号127-18-4)、トリクロロエチレン(trichloroethylene:CAS登録番号79-01-6)、ジクロロメタン(methylene chloride:CAS登録番号75-09-2、塩化メチレン)、1,1,1-トリクロロエタン(1,1,1-trichloroethane:CAS登録番号71-55-6)です。
このガイドラインでは、それぞれの塩素系化学物質の健康影響について概説しています。その概要を表1に示します。
表1 塩素系系化合物の健康影響([3][4]をもとに作成)
塩素系化学物質 |
発がん性 |
健康影響b) |
||||
神経 |
肝臓 |
腎臓 |
肺 |
血液 |
||
パラジクロロベンゼン |
2B |
* |
*/ |
*/ |
|
|
テトラクロロエチレン |
2A |
* |
*/ |
|
|
/ |
クロロホルム |
2B |
* |
*/ |
*/ |
|
|
トリクロロエチレン |
2A |
* |
*/ |
*/ |
* |
|
ジクロロメタンc) |
2B |
* |
*/ |
|
/ |
* |
1,1,1-トリクロロエタン |
3 |
* |
* |
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a)国際がん研究機関(IARC)の分類
b)分類
/:発がん性
*:他の影響(めまい、吐き気、頭痛、疲労感、眼・鼻・喉の刺激、神経システムへの影響)
c)ジクロロメタンは血中でカルボキシヘモグロビン増加さるため、酸素の吸収量を減少させる。つまり、一酸化炭素中毒と同様の状態になる
2) 室内での排出源
室内での排出源としては、a)生活用品、b)ドライクリーニング用品、c)家庭用の水道水に分類し、それぞれについて概説しています。主な概要を以下に示します。
a) 生活用品
生活用品では、主に塩素系の有機溶剤として、糊・しみ抜き剤・スプレー式洗剤・撥水剤・スプレー式塗料・塗料除去剤・カー用品に含まれており、トリクロロエチレン、1,1,1-トリクロロエタン、テトラクロロエチレン、ジクロロメタンなどが使用されていることや、衣類用・トイレ用防虫剤・浴室用脱臭剤の主成分は、一般的にパラジクロロベンゼンであることが概説されています。また、浴室やトイレに使用される塩素系洗剤や塩素系漂白剤は、他の化学物質と反応し、副生成物としてクロロホルムを生成させる可能性があると、注意を促しています。
b) ドライクリーニング用品
通常の衣類の洗濯と異なり、ドライクリーニングでは水の代わりに塩素系溶剤が使用され、その主な塩素系溶剤はテトラクロロエチレンであり、その他1,1,1-トリクロロエタンも使用されることがあると概説しています。また、ドライクリーニングが終了しても、衣類の繊維中にごくわずかにこれらの塩素系溶剤が残留し、その後徐々に気中に放散されると概説しています。
c) 家庭用の水道水
家庭用の水道水に対しては、消毒目的で塩素処理が行われるが、塩素処理は、殺菌や消毒などの反応後に塩素がイオンとして残留して臭いの原因となったり、水中の有機物や臭素と反応してトリハロメタン(THMs)が発生する問題があると概説しています。
トリハロメタン(THMs)とは,水中に含まれる有機物やし尿、工場排水中の有機物と塩素が反応してできるハロゲン系有機化合物(塩素系や臭素系の有機化学物質)で、クロロホルム、ブロモジクロロメタン、ジブロモクロロメタン、ブロモホルムの総称です。そのため、調理、食器の洗浄、入浴、シャワー、食器洗い機使用後など、家庭用水道水を熱した時に、クロロホルムが放散する可能性があると、注意を促しています。国内では、平成4年から東京都の一部の浄水場で、塩素処理のかわりにオゾン処理と生物活性炭処理を組み合わせた高度浄水処理を導入しています。
3) 塩素系化学物質への曝露を低減する方法
家庭内で塩素系化学物質への曝露を低減する方法として、a)商品選択の工夫、b)ドライクリーニングで使用した塩素系溶剤への曝露を避ける、c)家庭用の水道水を熱して使用することを減らす、d)部屋の換気をよく行う、の4つの方法があげられています。主な概要を以下に示します。
a) 商品選択の工夫
商品選択の工夫では、私たちが日常心がけたい基本的なことが概説されています。例えば、商品のラベル表示にある成分表をよく読み、できる限り塩素系化学物質が含まれていない商品を購入すること、それらの商品を購入する場合は必要最小限にすること、使用前には必ずラベル表示をよく読むことなどは、その他の商品にも共通することです。
また保管に関しては、特に一度開封した商品は、子供の手が届かないようできるだけ居住空間から離れた場所に保管すること、保管棚の中を確認して整理整頓を行い、不必要な商品は行政の廃棄基準に基づいて廃棄することなどが概説されており、これらは私たちが日常から心がけなければならないことです。
その他、商品の取り扱いに関することとして、塩素系化学物質を含む商品を使用する時は、保護マスク、保護手袋などの保護具を着用するよう注意が促されています。
b) ドライクリーニングで使用した塩素系溶剤への曝露を避ける
ドライクリーニングに関しては、できるだけその必要がない商品を購入すること、ドライクリーニングを行った後は、ビニールカバーを取り外し、ベランダ等でよく乾かすことなどが概説されています。
c) 家庭用の水道水を熱して使用することを減らす
食器洗い機やシャワーで熱した水を使用した時に、水道水中に含まれる揮発性有機化合物(VOCs)が気中に放散することは、実験的に確認されています[5]。それを防止するための方策としては、シャワーの温度を抑えること、シャワーの勢いを抑える器具をシャワーヘッドに取り付けること、シャワー時間を最小限にすること、シャワー中は換気を行うことなどが概説されています。また、食器洗い機を使用した後に食器洗い機の扉を開ける時は、換気扇を回して窓を開けることなどが概説されています。
d) 部屋の換気をよく行う
部屋の換気は、室内空気汚染対策には欠かせないことです。浴室、キッチン、洗濯室など、塩素系化学物質を使用する部屋では、できる限り窓とドアと開けて換気ファンを設置すること、特に、枯草熱、アレルギー、喘息の人がいる場合には気を付けることなどが概説されています。
このガイドラインに概説されているように、以前として、私たちの住まいにはさまざまなところで塩素系化学物質が使用されています。アメリカ環境保護庁が2000年12月に報告した「室内有害化学物質ランキング:Ranking Air Toxics Indoors」では、発がん性のリスクランキングにおいて、クロロホルム、ジクロロメタン、テトラクロロエチレン、トリクロロエチレンが上位にランクされています[6]。
室内空気中の塩素系化学物質のリスクに関する研究は、まだデータ数が少なく、今後の継続的な研究が必要なため、室内濃度のガイドラインはアメリカでも日本でも定められておりません。しかしながら、前述の「室内有害化学物質ランキング」で上位にランキングされていることからも、私たちの住まいにおいてもリスクが高い可能性があるため、できるだけ曝露しないよう心がけることが大切です。
Author: Kenichi Azuma
<参考文献>
[1] A department
of the California Environmental Protection Agency, The California Air Resources
Board (ARB), “Indoor Air Quality and Personal Exposure Assessment Program”
http://www.arb.ca.gov/research/indoor/indoor.htm
[2] Kenichi Azuma,「燃焼汚染物質に対する室内空気質ガイドライン」, CSN #205, September 24, 2001
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/Sept2001/010924.htm
[3] The California Air Resources Board (ARB), “Chlorinated Chemicals in Your Home - Guideline No. 3”, May 2001
[4] IARC
Monographs Programme on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans
http://193.51.164.11/default.html
[5] Cynthia
Howard-Reed and Richard L. Corsi, Environmental Science & Technology, Vol. 33,
No. 13, pp2266 -2272, 1999
(参考)
Kenichi Azuma, “水道水から室内空気への揮発性有機化合物の放散”, CSN #083, August 1 ,1999
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/Aug1999/990801.html
[6] Pauline
Johnston, Ph.D., U.S. Environmental Protection Agency (USEPA), Indoor
Environmental Division, Environmental Health & Engineering, Inc (EH&E),
“Ranking Air Toxics Indoors”,
EH&E Report #11863, December 22, 2000
(参考)
Kenichi Azuma, “室内有害化学物質ランキング”, CSN #185, May 7 ,2001
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/May2001/010507.htm