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泉佐野市の裁判で、判決の論旨に直接関係ない意見・感想を林景一判事が「補足意見」と称して述べるのは、職権乱用 −法廷は判事の演説会場ではない−
6月30日のNHKニュースは、「ふるさと納税訴訟 大阪 泉佐野市勝訴 市除外を取り消し 最高裁」と言うタイトルで、次のように報じていました。
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ふるさと納税訴訟 大阪 泉佐野市勝訴 市除外を取り消し 最高裁
2020年6月30日 18時58分 NHK
ふるさと納税で過度な返礼品を贈ったとして制度の対象から除外された大阪 泉佐野市が国を訴えた裁判で、最高裁判所は泉佐野市の訴えを認め、市を除外した国の決定を取り消す判決が確定しました。
ふるさと納税の返礼品競争が過熱したことを受けて法律が改正され、去年6月から新たな制度となった際、大阪 泉佐野市は過度な返礼品を贈るなどして多額の寄付金を集めていたことを理由に対象から除外され、除外の取り消しを求める訴えを起こしました。
大阪高等裁判所では訴えが退けられましたが上告し、最高裁では、国が、法律改正前の寄付金の集め方に問題があったことを理由にして改正後に制度から除外したのは妥当かが、大きな争点となりました。
(中略)
また林景一裁判官は、泉佐野市の勝訴となる結論について、「いささか居心地の悪さを覚えたところがある」と前置きしたうえで補足意見を述べました。
意見の中で林景一裁判官は、「居心地の悪さの原因は、泉佐野市がことさらに返礼品を強調する寄付金の募集を推し進めた結果、集中的に多額の寄付金を受領していたことにある。とくに、法律の改正後にも返礼品の割合を高めて募集を加速したことには眉をひそめざるをえない」と市の対応を批判しました。
また、ふるさと納税制度については「国家全体の税収の総額を増加させるものではなく、端的に言って、限られた中で税収を取り合うゼロサムゲームだ」としました。
林裁判官は、こうした意見を述べたあとに判決を振り返り、「たとえ結論に居心地の悪さがあったとしても、法的には判決の通りと考えざるをえない」と締めくくっています。
(以下略)
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判決の一部として報じられている林景一判事の「補足意見」の中に、ふるさと税制そのものに対する批判や、泉佐野市の行政を批判している部分がありますが、これには「補足意見」の域を逸脱した部分が見受けられます。
まず、「限られた中で税収を取り合うゼロサムゲームだ」と言う部分については、認識としては誤ってはいないと思います。私も以前、
H115泉佐野市は法廷で“ふるさと”納税制度の不公平・欺瞞を主張すべき −菅官房長官は宰相の器か− と、
H118単なるネット・通販に過ぎない「ふるさと納税」の大義の欺瞞 −本旨逸脱は奈半利(なはり)町だけではない、泉佐野市を叩くのは不公平− で、
ふるさと納税制度を批判しましたが、判事の指摘していることはもっともだと思います。
林判事の言うとおり、ふるさと納税の実態は大都市圏の自治体の税収を、人気の果実や海産物、土産物の産地を抱える他の市町村に移転するだけのもので、そこには、「ふるさと(故郷)」は全く関係がなく、大義の無い税収の移転操作に過ぎません。
「ふるさと納税」は自分のふるさと(故郷)以外へでも、誰がどこへ寄付しても一切問われずに、その寄付額相当の住民税が控除される制度なので、実態は単なるネット通販に便乗した寄付金控除の乱用・悪用でしか無いのです。大義を掲げてはいますが、実態は大義とは無縁の税制です。
ただしこのような、判決の論旨とは無関係の「補足意見」は、司法による立法、行政の批判になり、三権分立の観点から問題を含んでいます。ふるさと納税がたとえ“ゼロサムゲーム”だとしても、それと今回の国の泉佐野市の排除問題とは直接関係ありません。
判事がこのような意見・感想を「補足意見」と称して述べるのは、職権乱用になると思います。法廷は判事の演説会場ではないのです。
もう一つの泉佐野市の行政を批判した部分は、「居心地の悪さを覚えた」などと感情的とも言える表現があり、直接判決の論旨に関係ない内容です。判事がこのような「補足意見」の表明に及んだのは、泉佐野市の勝訴となったことに対する、他の市町村、国民の反発を心配して、言い訳のための添付したものとみられますが、そのような言い訳のための「補足」は「補足意見」の名に値しません。
令和2年7月1日 ご意見・ご感想は こちらへ トップへ戻る 目次へ