「大和万葉スケッチ」は絵はがき(あづま家製)になっています。
このバ−チャル画廊は冨田画伯のご許可をえてそのイメ−ジを伝えるるものです。


巻15・3728 中臣宅守(なかとみのやかもり)

あをによし 奈良の大路は 行きよけど

この山道は 行き悪しかりけり


平城宮跡。遠景は春日奥山と若草山。


3729 塵泥(ちりひじ)の数にもあらぬ我ゆゑに思ひわぶらむ妹がかなしさ

3729 愛(うるは)しと我が思う妹を思ひつつ行けばかもとな行き悪しかかるらむ

3730 畏(かしこ)みと告(の)らずありしをみ越道(こしぢ)の手向けて立ちて
妹が名告(なの)りつ

の三首の歌とともに、中臣朝臣宅守(なかとみのあそみやかもり)の
道に上りて作る歌四首となっている。

これは、彼の妻・狭野弟上娘子(ささののおとがみのをとめ)が別れに臨んで
作った歌四首(3723−3726)につづくもの。

宅守は東人(あずまひとの七男)であるが、739年頃、越前に配流された。

(絵はがきですので、画伯の説明はありません。説明は上田欽一の蛇足です。)


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