Vancouver etc

アメリカ国立公園縦断ツアー1999

( Original Grand Circle Tour) From June 30th To July 7th

学院受験が差し迫った、こんな忙しい時期にとてつもない計画をふと思い付いた。ここ何年間は投稿論文の作成や放送大学での就学、そして学位授与機構への学位の申請、英検や情報処理の資格試験へのチャレンジ、それと平行して病院検査システムの更新作業といった多忙な時間を過ごした結果、身体を壊して、人生最大のピンチとなり、精神的にも疲れ果てたある日のことだった。4月にコンピュータのシステム更新作業は無事終了し、情報処理・英検の試験も一段落したところで大胆な完全休暇計画を断行することになった。人生メリハリが大切と言うわけでグランドサークルと呼ばれている大平原の西部の国立公園巡りを夏休みを利用しての走行距離2250マイル(3600Km)の旅が始まったのである。

メリカの大学院で頑張っている友人に半分は冗談で、格安チケットを買って、チャイナタウンの飲茶を食べにそちらにふらっと行くがそちらの都合はどうかと言うEメールを送った。初めはその程度の軽い気持ちで始まった。休みは夏休み3日もらって夜勤明けでの出発と土日を挟めば4泊6日だと伝えると、それではだめだと即答が帰ってきた。せつかく来るのに2週間ぐらい休めというのである。彼は長い向こうでの生活で、すでにアメリカナイズされており日本での感覚は驚きをもって受け止められたようである。仕方なくあと2日延ばして夏休みを使い切ることにした。これで精いっぱいである。この日程でJTBのパンフレットにあった行程通りにレンタカーで移動して、格安のモーテルに泊まり、炊飯器とカセットコンロとなべと大型クーラーボックスをさげた格安貧乏旅行が始まったのである。

Hertz Rent A Car - Ford Explore (4WD)

99/6/30

Osaka発16:15 〜 Los Angels着10:40 (NW26便) 〜 LA(Chaina town)(12:00) 〜 Barstow's outlet(15:30) 〜 Las Vegas(18:30) 〜 St. George(20:30) 泊

夜勤明けで無事仕事を終え、帰宅して食事をとり、ふと時計を見るともう出発する時間が迫っていた。この時点で用意しているのは空のスーツケースと日本円だけであった。今回の旅行は嫁は多忙のため一緒に行けないので単身での渡米となる。そのため用意は自分でしないといけないのだ。着替えなどは現地のBarstow's outletで調達する予定であった。というわけでナンバのブックオフの開店セールで100円で買った地球の歩き方の本などの小物が少しだけ入ったスーツケースを抱えるようにして関空に直行した。関空には2時間前に到着した。チケットも難なく受け取り初めての個人旅行は順調かのように思えた。ところが、チェックインは団体受付カウンターではなく、各自て搭乗手続きとなるのである。おりしもノースウエストのカウンターは長蛇の列でごった返していた。待つこと実に1時間15分やっとの思いでチケットをもらいふと気づくと、まだドルが無い。郵便局に直行してトラベラーチェックと外貨の両替えを済ませると、もう搭乗のサインが出ている。思い返せばゴールドカード専用ラウンジでゆっくりするという当初の計画はもろくも崩れ去っていた。走るようにして出国手続きを済ませ搭乗するとやけに広々としている。狭い狭いと悪評のノースウエストも最近改心したのかと思ったが、よくよくシートカバーを見るとビジネスクラスと書いてある。ラッキー。着席早々ガラスのグラスにシャンパンが注がれ、快適な空の旅も順調に定刻通の到着となった。ビジネスクラスだとバっケージダウンもスグであった。ここでいい気になってトイレに入っているとエコノミーの団体に抜かれてしまい、結局、入国手続に時間がかかってしまった。それでも予定より早かったので早速スターバックスコーヒーでカフェモカを頼んだが全く違うものが出てきた。渋々それを飲み干し外に出た。この空港を出たところで友人と合流することになっている。Ford Explore (4WD)をレンタルしてチャイナタウンの飲茶で腹ごしらえし、アウトレットで靴とズボンとシャツなどをどっさり買い込んで、初日の日程は無事終了した。

総走行距離 420マイル  夕食はスパゲティーとスモークサーモン

St. George, UT Motel 6  2人で$41.88 

99/7/1

St. George(7:00)〜Zion(9:00) 〜Bryce Canyon(14:30) 〜 Capitol Reef(20:00)〜Green River(22:00) 泊

5時に起床の予定でモーニングコールを頼んだのになぜか??4時に起こされた?? 時間を聴き間違えたのだと不機嫌な気分でテレビをつけるとなぜか5時である。とほほ、ここでは時差があるのだ。慌てて時計を1時間進めて、ご飯を炊くことにした。朝食はみそ汁とご飯。そして、昼ご飯となるおにぎりを8個ほど作り、出発した。途中のスーパーで野菜とジュースとバナナを買っていよいよ最初の国立公園であるザイオンに到着した。ナローズとオーバービューポイントへのトレッキングは最高だった。ツアーの旅行ではまず経験できないだろう。その後、ブライスキャニオンに向かいここでもトレイルを行った。最後の谷間に降りていくのは楽だったが帰りの上り坂で何度か気が遠くなった。今日一日は歩きづめだった。午後5時15分にようやくブライスキャニオンをあとにし、キャピタルリーフを目指したが途中、居眠りしそうになったので慌てて友人と運転を交代した。キャピタルリーフは国立公園なのだが入場ゲートも何もなく国道を走っていると急にドカンと目の前に現れてくる。しかし、着いた時間はすでに午後8時なのにまだ日没前であった。絶景かな。そこは風景画の世界に迷いこんだのではと錯覚するようなまさに幻想的な世界である。長い時間を経ても太古の昔からこのままの姿のではないかと思えるほどの凄い迫力だ。それに夕暮れと言う絶妙のタイミングとあいまって見事であった。ここからグリーンリバーまではひたすら一直線の道を北上することになる。左手に水平線に沈んでいく夕日を見て、右手は激しい雷雨。稲光と雨雲の部分をはっきり確認できるがここは降っていない。なんともスケールの大きいことだと感心した一日も無事終えることが出来た。

総走行距離 820マイル  夕食はスパゲティーと牛肉缶詰め

Green River, UT Motel 6 2人で$58.11

99/7/2

Green River(8:30)〜Dead Horse Point(9:50) 〜 Canyonlands(north side)(12:00) 〜 Arches N.P.(16:00)〜Moab(21:00)泊

6時に起床。昨日と同じ内容で朝食と昼食の準備を終えた。レンタカーのオートクルーズ機能が作動しないのでクレームをハーツレンタカーに告げて、8時半に出発。ハイウエイに乗った途端に大渋滞となった。前方で何台かの大きな事故があった。そのため、パトカーや救急車や消防車が続々と路肩を走って後ろからやって来て当分動きそうもなかった。反対車線はスイスイと流れている。路肩は草むらだ。2,3台前方の4WD車が急に草むらに向けて動きだし、難なく反対車線に進路を変えて走り去った。よく考えるとこの車も4000ccの4WD車である。と言うことで真似をしてみたらあっさりと乗り移れた。このハイウエイは運良く一般道も平行して走ってた。直ぐに側道に出て次のインターで入り直したら、警察も何もかも事故現場に急行していて、前後に車の影もない。そこは貸し切りのサーキットのようなものであった。9:50に州立公園のデッドホースポイントに到着。12時にキャニオンランズ(北側)のoverlook に到着した。まさに大地が裂けている。凄い光景である。地平線に向けて裂けている。ゆですぎた卵の殻が破裂したようにもみえた。裂けた続きが高台の展望台となっている。そこに立って見ているのだ。ぞっとした。続いてアーチーズ国立公園に向かった。友人のイチ押しの観光スポットであり、ここに来るために休みを増やしたと言っても良い。今まで見てきた所は粗削りの純粋な自然と言う感じだったが、ここはそれを趣が違っていた。全てがサンドペーパーでツルツルに磨いてとの粉でも塗っているかのような不思議な世界である。公園入口から高度を上げながらのパノラマビューで平原とオブジェがだだっ広い大地の中に散在している。バランスロックまではさほど歩かなくても良かったのだが、デビルスガーデンとデリケートアーチへのトレイルには閉口したがランドスケープアーチとデリケートアーチはその疲れも吹っ飛ぶ迫力が確かにあった。両方で4時間くらい登山道や砂地を歩いていたことになる。しっかり途中でモニュメントも残してきた。ここに来れば必ず行くべきだと思う。しかし、水を持っていかないと大変だ。おかげで体中汗と砂まみれでヒザがガクガクになり疲れもピークに達していた。今日の宿はB &B の民宿のようなところだ。そのため宿に到着後、近くのスーパーに買い出しに行ってジュースと水とフルーツと野菜を買い、ジャグジーの横のテラスで食事を取った。宿泊している人達と1時間ぐらい会話??をしたあと、この日は疲れていたので早々に寝ようとしたが、クーラーが無く少し寝苦しかった。しかし、アメリカの家庭の雰囲気が味わえて貴重な体験ができたと思っている。

総走行距離 1023マイル  夕食はカレーライスとフルーツ盛り合わせ

Moab, UT The Desert Chalet  2人で$70.85

99/7/3

Moab(9:40)〜 Canyonlands(South side)(11:30) 〜Monument Valley (17:50)〜Tuba City (20:00)泊

起床は8時過ぎ。今日は朝食を用意しなくても良いのだ。いろんな種類のパンとフルーツとジュースがテーブルに出ていて、好きなものを取って食べればよい。その中でもベーグルというパンは変わっていた。堅いドーナツのようなもので、ナイフで半分に切ってトースターで焼いて食べると美味かった。しかし、昼ご飯のおむすびはいつものごとく作った。この宿のオーナー親子と昨日話をした夫婦におむすびを試食として差し上げた。向こうでも海苔は売っているそうで冷蔵庫に入っていたのにはさすがに驚いた。居心地が良かったこともあり出発は遅くなってしまった。デジタルカメラで記念撮影を終え、今日の最初の目的地はキャニオンランズ(南側)である。ほぼ見慣れた風景だったのと早くモニュメントバレイに行きたいという思いからOverveiw PointとNewsPaperRockだけをみて、適当にパスしようと思ったら気づかないうちに名所であるmolar rockとangel archを見損なってしまった。これはこのたび最大のミスであった。次にモニュメントバレーに向かった。ここはNHKの2時間の特番で紹介されていたが、実物のスケールの大きさにあらためてビックリと言うのが正直な印象である。まっすぐに続く道のはるか前方にポーッと浮かぶように現れてくる。道がそれに向かって吸い込まれるような感じだ。その両側は何もない荒野で、あちこちで竜巻が何本も表れては消えていく。最初のビュートが現れたら何でもかんでもエレファントビュートと言っていたら、横で友人が笑っていた。公園のゲートを入ると最初にビジターセンターが現れる。ここの展望台からほぼ有名なビュートは一望できると言ってよい。大迫力である。誰でも息を飲む風景だと思う。ここからガイド付きの観光ポイントを巡回するバスが発着している。しかし、そのまま車で回っても差し支えない。ここは元々ネイティブアメリカンの居住区域で出店でお土産をあちこちで売っている。友人は俺に英会話の練習になるから値切ってみろと言った。やってみたら通じた。25%も値引きしてくれたが、これらはすべて自分で作ってそれを並べ、それにより生計を立てているらしい。少しかわいそうだったので日本から持ってきたソーラ電卓をプレゼントしたら喜んでいた。この地を出発したあとは延々と西に向かって進むだけの単調な移動となり、今日の宿泊地Tuba City に到着した。夕食は近くのメキシコ料理のファーストフードで最近話題のゴジータと言うタコスのようなものとビールを買い込んで済ませた。ここはアメリカでも有数の空気の住んだ町らしい。食事の後、星を見に行ったが確かに落ちてくるような空を見たのは久しぶりだった。

総走行距離 1370マイル 夕食 メキシカン料理のファーストフード

Tuba City, AZ Quality Inn Tuba City 2人で$97.52 

99/7/4

Tuba City(8:30)〜Grand Canyon〜Hoover dam〜Lasvegas(20:30) 泊

起床5時半。ご飯を炊いて朝食をとり8時半に出発。今日は独立記念日だ。訪れる町並は星条旗に飾られている。今回の最大の目玉であるグランドキャニオンを目指すことになる。さすがに今までのところとは全く違って、これぞ観光地という混雑で、あちこちにツアーバスや観光客があふれかえっている。前評判も高く、凄く期待していた。ところがそれほど感動するものではなかった。むしろ人が多すぎて途中でどうでも良くなったというのが正直な感想だ。日本人のツアーにも何組かであったが、風景を楽しむことなく足早にガイドに引きずり廻されているように思えた。こちらは優雅なもので、展望台のベンチに座っておむすびをほおばり、のんきに有名なアイスクリームの行列に並んで現地の人と雑談しながら、ゆったりとした時を過ごしているのである。楽しきかな自由旅行。このたびで1番優越感を持てた一時であった。このあとIMAXシアターに立ち寄って、映画を見て、フーバーダムを観光し、ラスベガスに到着した。到着して早々、カジノに出向いた。友人は少し体調を崩したようで部屋にいたが、1時間もしないうちに大変なことが起こった。液晶のスロットマシンの画面に突然花火が上がり始め、まわりの人がみんなこちらを見ているのである。ゲームも出来ないのでクレームをつけようと係の人に声を変えると、突然訳もわからずに握手をしてくる。その上ポラロイドで写真を撮られ、食事券と現金を手にしたクロークがやって来て、サインをさせられた。大当たりをしたそうだ。やっとその意味がわかった。3000枚のビックヒットだそうで、これでカジノを存分に楽しめると思った俺もめでたいやっだなと思う。そうしているうちに今日は午後10時から花火が上がると言うことなので、通りにでてみると、この時間なのに梅田の東口前の交差点状態である。歩かなくても身体が動いていた。最初は凄く怖いイメージがあったのだが、人が多く、案外治安も凄く良かったのには驚いた。花火を見たあと夜中の2時過ぎまでカジノで頑張ったこの精神力には我ながら恥ずかしいものがある。こうして素敵なラスベガスの夜は更けていった。

総走行距離 1732.9マイル 夕食 Emperors Bufet

Las Vegas, NV Imperial Palace 2人で$84.72

99/7/5

Las Vegas(10:45)〜JOSHUA TREE N.P.(16:40) 〜Los Angels(22:30)泊

起床7時半。懲りもせずにまたまたカジノへ、朝食は昨日の商品の食券で済ませ、10時半出発。途中でタコベルというメキシカン料理の店で食事をとり、延々と南下。見事なぐらいの単調な直線道路だ。最後に急に追加となったジョセファツリーN.P.を目指している。ここはほとんど人影もない寂しいところだ。4時半にゲートに到着したが、いっこうに係の人も出てこないのでこちらから聞きに行こうとしたが事務所には鍵がかけられ帰り支度をしている。我関せずと言ったところだ。日本なら対応するだろうが、さすがアメリカは時間が来ればこんなものかと変に納得して無料で入場した。岩まみれの山に変わった木が群生している。他の木が無い。変な光景である。サボテンが木になった感じとでも言えばいいのだろうか。なにわともあれ小岩に座って写真を撮ってもらおうとしたらミツバチがいたらしく刺されてしまった。それからこの公園をでるまで追い掛け回された。変にミツバチがおおいい公園であった。トイレにも行けずに大変な目に合った。ここから今度は西へ西へとひたすら進むことになる。少しすると風力発電用の風車があちこちに群をなして乱立していた。日本ではあれが1本立ったと言ってニュースで放送していたが何百とはきかないくらいの数である。規模の違いには呆れるものがある。ダイナミックな国だ。ロスへの途中でまた別のアウトレットの店でお土産用のTシャツや靴をまた買い込んで閉店までウロウロと頑張った。おかげでロスに着いたのは11時前。予定していた韓国料理の店も閉店している。しかしおなかが空いた。友人のハウスメートの中国人の方が、俺らのためにこの時間でも空いている、とっておきの店があるというのでそこに行くことになった。ハリウッドのブロードウエイ近くにあるタイ料理の店だ。すでに12時前だというのに順番待ちの行列ができていた。10人以上も待っている。なんという店だ。こんな危険なロスの町にポツンと1軒だけ輝く蛍のような店だ。初めてのタイ料理に感激しつつこの旅の終わりを締めくくるいい思い出となった。友人の宿に帰宅後、ひたすらデジカメの画像をコピーし続けて終わったのは午前3時になっていた。

総走行距離 2218マイル 夕食 タイ料理

Los Angeles, CA  友人宅に宿泊

99/7/6

Los Angels 発11:55〜Osaka (NW25便)

起床7:50。朝食は友人特製のお粥。ピータンを入れようとしたが断った。慣れれば美味いらしいがこれは苦手だ。山のように買い込んだお土産(ほとんど自分用)をなんとかスーツケースに詰め込んで職場などへのお土産を買いにスーパーにより、そのまま空港へと向かった。ハイウエーは順調に流れていた。ところが空港のゲートに差しかかったところから急に渋滞している。ピタッと動かない。またまた、チェックインのピンチである。なんとか車から飛び降りるようにしてカウンターに直行した。すでに俺の便名を告げて職員が叫んでいた。その後についてなんとか手続きを終えホッとした。今回はエコノミーのままだ。残念。出発ロビーで友人が待っていた。アメリカ系のロビーはこうなっているそうだ。少し時間があるので最後の締めはスターバックスコーヒーのカフェモカだと言うことで、味わいながらこの楽しかった旅行に終わりを告げたのである。

総走行距離 2250マイル

99/7/7

Osaka 着15:55 帰国

帰宅後の第一声、スーパーで買ったお土産が無い?? 慌てていたので友人の車の中に置き忘れていたのである。

あれだけ忘れ物がないかと念を押されて自信満々に「無い」と答えたていた自分がやけに恥ずかしかった。

帰国してみると英検一次試験の合格通知が届いていた。旅行のかいあって??英検の2次も合格できたのは出来過ぎである。

夏休みを初日から全て消化してしまい、過酷な夏を過ごすことになった。

Last Modified 1999年9月20日(Mon)

準備用サイト


| ホーム | こけっと隊長 | こけっと副隊長 | 床検査 | 自己紹介 | インターネット散歩 | その他|


Yukio Ozaki's homepage since April 1997

Copyright (C) Yukio Ozaki 1997 All rights are reserved

Vancouver etc