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・ウィーン旅行記 2004 vol.32・

〜ミュージカル『エリザベート』5〜

2004年11月05日


 さて、次の場面では、ルドルフ皇太子とフランツ=ヨーゼフ皇帝の執務室での秘密の会談が描かれます。が、予想通り激しい口論の末に決裂。本当にこの家族は、本当に全員がすれ違い孤独で不幸です・・・
 そして、ルキーニが登場。市民の姿、世の中が描き出されます。世の中は不穏な空気が漂い、ドイツ民族主義者がウィーンのリンクにバリケードを築いています。ヨーロッパの街並は昔も今もほとんど変わらない街が多いだけに、また、リンクはここのところ毎日歩いて通っているだけに妙にリアルさを感じます。そしてウィーンで始まるユダヤ人の排斥。20世紀のファシズムが早くも暗影をなげかけると解説にありますが、エリザベートの生きた時代は時代そのものが負の方向へ移行していった時なのだと改めて感じさせられます。
 オーストリアと言えば、大半の日本人のイメージは音楽の都ウィーンを首都とする国、青き美しきドナウにウィンナーワルツと、恐らく明るく美しい、優しい色合いの物だと思いますが、ふたを開けてみると、ヒトラーが生まれ育った国であり、第二次大戦中にはナチがユダヤ人から奪い取った貴重な絵画などを売り捌くのに一役買ったザルツブルグの画商が居たり、エゴンシーレやココシュカのような画家を排出したりと、なかなか一筋縄ではいかない、そして決して穏やかなだけとは言えない国だと思います。オペラを観ても、セセッションの展示物を観ても、こうしてミュージカルを観ても、そこには成熟した文化だからこそある毒と闇のようなものが存在しているのです。そして、大陸に存在している、国境を様々な国と接している国だからこそひき起こる様々な問題を今も昔も抱えています。

   さて、そんな闇を持っている国オーストリアの美しい王妃エリザベートは、コルフ島の別荘で心霊術により今は亡き父、マックスの霊と交流します。心霊術・・・とはまたオカルト的というか何というか・・・でもオーストリアならこれもまた納得出来てしまうのが、やっぱりこの国のディープな所です。久々に父マックスと話したエリザベートは、自分が今迄自由ではなかったという事を自覚したそうなのですが、私に言わせれば自由が無い人生というより、常に逃げ続けている人生です。夫から、息子から、老いから、とにかく逃げ続けるエリザベートは常に逃げるために行動を起こし、向き会おうとしないが為に自由になれない・・・物事の基本は恐らく常に「自分」であるが為に、相手の立場を思いやる事が無くそれが故に彼女を欲する人々も不幸になっていくという悪循環がこの一家の悲劇になっています。

 という訳で、皇帝との口論の末決別状態に陥っている皇太子ルドルフが母親であるエリザベートに父親であるフランツ=ヨーゼフ皇帝との関係を取り成して欲しいと依頼しに来ても、彼女は誰の為であろうが自分は絶対に皇帝に頼み事はしないと激しく拒絶してします。
 いつ、どの物語を観てもかわいそうなルドルフ皇太子ですが、今回もまた孤独で非力な悲劇の王子です。絶望した彼は、有名なマイヤーリンクで愛人であるマリー・ヴェツェラを道連れに自殺してしまいます。
 と、ここで私が思い出すのは英国ロイヤルバレエの「マイヤーリンク」でマリーを演じていたヴィヴィアナ・デュランテと、皇太子が実際自らの命を絶った狩猟小屋を改装して今は教会になっているマイヤーリンクの中にあるエリザベートを模したマリア像です。
 何故ヴィヴィを思い出すのかというと、死(このミュージカルではもっと具体的にトートという姿になっていると言えますが)に魅せられた若い娘のある種の狂気のような物を彼女の中に感じた事があるからであり、マイヤーリンクのマリア像を思い出すのは、生前はここまで拒絶していた息子の死を、死後エリザベートが悲しみ追悼していたという事実に触れた思い出があったからです。

 息子の死の後、深く傷付いたエリザベートは、再び「死」への願望が強くなります。しかし今度はトートが彼女を拒否。それは色々な思いを持つトートからの仕返しのように思えます。
 旅を続けるエリザベートに、フランツ=ヨーゼフは放浪を辞めて欲しいと頼みますが、彼女が従う訳もなく。結局彼等の結婚は不幸に終わったという結論に達しただけに終わってしまう二人。それでもシェーンブルン宮殿の皇帝の執務室での音声ガイドが語っていたように、皇帝は今もなお、エリザベートの事を憧れ、愛しているのだろうなと、不憫さを感じながらヨーゼフを眺めてしまいます。

 そして更に10年。放浪の旅を続けるシシィ。そして遂にトートがもうそろそろ彼女を死なせてやってもいいだろうと行動を起こします。ハプスブルク王朝が崩壊していく中、皇帝フランツ=ヨーゼフは長年の恋敵であるトートと対決します。皇后エリザベートを守ろうとする皇帝と、彼より素早く行動を起こすトート。そして、遂に暗殺者ルキーニに凶器ノヤスリが手渡され・・・
 少女の頃、皇帝に見初められウィーンの地に入り、宮廷という様々な人の様々な思惑が渦巻く世界に突然連れて来られた少女エリザベート。妻となり、母となっても、もしかすると彼女はずっと少女のままだったのかもしれません。人と真正面から向かい合い事を拒否し、老いという逃れられないものからの逃避を試み、何かに追い立てられるように放浪の旅を続けた一生。そして、常に「死」というものに魅力を感じていたシシィ。
 結局彼女は自ら命を絶つ事はなく、ルキーニという暗殺者に刺殺されその生涯の幕を閉じました。

 この物語の冒頭、裁判官の声が聞こえ、ルキーニが登場しましたが、今また同じように舞台ではルキーニの尋問が行われています。ルキーニは促されるまま、暗殺の模様を語っていきます。レマン湖の畔で刺殺されたエリザベート。しかし舞台では、今、トートとエリザベートが熱烈な抱擁を交わしていました。

 会場からは割れんばかりの拍手が起こり、歓声や口笛もそれに加わり、大騒ぎになっています。は〜終わった。終わってしまった・・・と、ウィーン旅行最後の舞台が今、終わってしまった事の寂しさと、最後の作品にこのミュージカル「エリザベート」を選んで大正解だったという満足感が、胸の辺りから全身に広がっていきます。
 興奮状態の劇場の明かりが付き、キャストのカーテンコールが始まります。まあ、いう迄もなくトートの登場は物凄く盛り上がります。アイドルです。完全なるアイドルです!(笑)
 ワーワー、キャーキャーとロックコンサート並の盛り上がりの中、私達も盛大な拍手を送り続けます。ああ、それにしても夢のような舞台三昧な日々が終わってしまいました。エリザベートが観られて本当に良かったと、最終日に持って来たのは大正解だったと友達と拍手をしながら語り合います。
 何度か続いたカーテンコールの後、遂に夢の時間が幕を閉じました。隣で見ていた女の子がさよならを言って席を立ちました。さあ、我々もこの楽しい空間に別れを告げる時間です。
 足取りも軽くボックス席を出て、階段を下り劇場の外に。まだ興奮状態の観客の波に乗ってリンクの方に歩いて行きます。しっかりとパンフレットを胸に抱えながら最後のウィーンの夜の街を記憶に残すべくしっかりと見ながら歩いて行きます。セセッションの前を通り、地下鉄の駅へ。たった1駅ですがシュテファンプラッツ駅を目指して乗り込みます。

 ああ、幸せな日々が終わろうとしています。が、しかし!この後我々はまたまたディープなウィーンを経験してしまうのでした。夜は、まだ、終わりません。


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