・ Japan Tour Report vol.3・


by Natsumu


 ここからはもう、言う迄もなく後の『Swan Lake』を彷佛とさせるダンスが繰り広げられます。薄暗い森の中、白い衣装で(しかしかなりよごれている)その顔には明かに死相が出ているシルフィード達が立っています。明かにこれが後にSwan Lakeの公園へと発展していった事が分かるシーンです。

 シルフ達は愛し合うジェームズとケリー・ビギン演じるシルフ達に向かって、私達にも「愛」をちょうだい!!と両手を突き出しては自分達のハートに手をあてる、という動きでアピールしています。
 あの二人は何?と遠巻きに、しかし攻撃的に見つめる白鳥達とはこの部分が明らかに違います。二人を異分子として見ている白鳥と、羨望の眼差しで見るシルフィード達。それはやはり、シルフィード達が元々人間だったのと、白鳥は元から白鳥だという違いでしょう。シルフィード達には白鳥にみられる野性はなく、この姿になってもなお愛情を求める哀愁が漂っています。

  ところで、ジェームズがソファーに腰掛け、ウサギなどの小動物のぬいぐるみが生きてるように黒子に動かされて出てくるシーン。その発想とおバカな感じが何ともマシューらしくて好きですが、シルフィード達が森の木のように立つシーンも合わせて考えると、やっはりこれはディズニー映画『白雪姫』のパロディーなのでしょうね。確か七人の小人の家を訪れるかわいらしい小動物と、白雪姫が置き去りにされた森の木が人のように見え、襲いかかってくるように感じて逃げまどう、というシーンがあったはずです。彼の記憶に残っている映画のシーンがアレンジされて出てくる。このパターンも、ここで既に見る事が出来ます。

 さて、シルフを手に入れたジェームズ―そうそう。皆さんも既に気付いていると思いますが、Car Manと同じく本作でも男が相手を手に入れる場所は車なんですよね。既にパターン化しかかってます(苦笑)―はポジションが変化します。シルフを追いかける事が無くなり、当然のごとくジェームズが始めた事。それは相手の所有です。
 シルフを追ってここまで来たジェームズはシルフを手に入れた今、彼女を自分の世界に連れていくのが当然だと思っています。また、シルフはそれに抗おうとせず、従順について行こうとするのです。結婚したら相手が変わった、という良くある話しがここに見られてしまうのです。

 シルフの翼をはさみで切り取るジェームズ。鮮血が目にも心にも痛いシーンです。気絶しそうになりながらも必死に歩き続けるシルフには、恋の前では何でも受け入れてしまう弱さと一種の強さを、ジェームズには愛の持つエゴイスティックで暴力的な面を観客は見る事になるのです。

 2幕は実に動きが激しく次々に物語が変化していく為、また1幕で既にキャラクターの説明は終わっているので、各々のキャラクターがその関係を複雑に織りあげて行くという事は無い為、こちらが期待してるほどには饒舌でないウィルの動きも気になりません。
 それよりもやはり、あの翼をもぎ取るあの行為。あの血。あのはさみで切りとろうとするあの発想が驚愕で、またそれを受け入れるシルフに胸が痛み、すっかり心は物語の展開に持って行かれてしまいます。

 ここでまた一つ気付く事。マシューの作品では、大抵の場合死人が出る。本当に死んでいます。過去のショートフィルム作品”DRIP 〜A LOVE STORY〜”ですら浴室で男が死んでいたぐらいですから。数分の作品でも人が死んじゃいます。恐るべし、マシュー作品!くるみ割り人形ですら、あの寒空にクララたちは旅立つけれど、寒さであの後死んじゃうかもねってマシューはインタビューで笑ってましたし(苦笑)
 そう言えば、死人達のダンスも時々出てくるモチーフです。ここではシルフィード達がそうですし、シンデレラではダンスホールで踊るブルーボーイとブルーガールが空襲で無くなった人たちでした。シルフィードは白いぼろぼろの衣装に黒いメイクでしたが、ブルーボーイ&ガールは青い衣装に青ざめたメイク。それが上手く作品に溶け込んでいるので、独特の雰囲気は持っているのですが、集団で出て来られても違和感はさほどなく、ある種の美を生み出しています。
マシュー作品における「死」という繰り返し出てくるモチーフ。もちろんクラッシックバレエにも良く出てくるモチーフであり、この作品の元になっている「ラ・シルフィード」もそうなのですが、それを抜きにしても、マシュー作品には「死」の影が付きまとっている感じがします。そして「夜」が。物語は夜多くが語られ、夜に展開を見せ、夜で終わる。

 こうして見て行くと、マシュー作品は改めて言う迄もなく、陰か陽かというと完全に陰。でも、だからこそある種の痛みを伴って、まるで小さな棘が刺さったままのような状態で心に残ってしまうのでしょう。そして、その痛みはある種の甘みを持っている事も多く、何度も繰り返したくなってしまうのです。

 物語の最後、あさはかでエゴイスティックなジェームズに傷つけられたシルフィの死が訪れます。そして追いかけて手に入れようとし、一度は手に入れたのに自分のせいで何もかも失ってしまったジェームズが一人残されました。
 自分のかつて居た場所に戻り、自分が愛したエフィーの姿を窓の外から見つめるジェームズ。この窓の外から部屋を見るという、外からしか見る事が出来ない疎外感を伴う「視線」。一方通行の視線。この意味を、考えているうちに物語は終わりました。

 カーテンコールが続く中、それにしても、と考えずには居られません。ウィルはこの後、ダンサーとして生きて行くのか、アクターとして生きていくのか。現時点では二足のわらじが上手く履けているとは―少なくともマシュー作品においては―私には思えません。恐らくダンサーとして一番伸びる時期に、映画に行ってしまったのでしょう。そして、こう思わずにはいられないのです。惜しいなと。
 そして、これもまた考えずにはいられない。明日もう一度見たら、一幕の物語はスラスラと頭の中に入ってくるのかしらと。

 明日もまたウィルのジェームズと彼のHPには書いていましたが、別キャストでも見てみたいと思いつつ、明日また戻る事になる劇場を後にしました。


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