WHOビルトーベン環境衛生センター最終報告書
−1996年〜2000年−
2002年2月25日
CSN #226
世界保健機関(WHO)欧州事務局の欧州環境衛生センター(ECEH:European Centre for Environment and Health)は、1989年にドイツで行われたフランクフルト環境衛生欧州関係閣僚会議(European Ministerial Conference on Environment and Health in Franfurt)を引継ぎ、欧州環境衛生センターへの施設及び資金提供支援を表明したオランダとイタリアの2カ国において、1991年にオランダではビルトーベン、イタリアではローマに設立されました。
オランダのビルトーベン環境衛生センターの仕事としては、1)欧州における環境衛生の優先事項を確認すること、2)欧州において環境衛生問題へと発展する状況を解析し、その情報を提供すること、3)科学的に正しい環境リスクマネジメントを実行するため、メンバー各国の政府機関に対して戦略ガイダンスを提供すること、4)有用な最善の科学的知見に基づき、標準として設定されるガイドラインや規範情報を開発すること、この4つが主な課題でした。そしてこれらの課題に取り組むために、次の6つのプログラムが構成されました[1]。
(1) 空気質と健康(室内、大気)
(2) 化学物質安全性
(3) 環境疫学
(4) 健康と労働
(5) 情報システム
(6) 国家環境衛生プロジェクト
オランダのビルトーベン環境衛生センターは、2000年12月31日に閉鎖され、「化学物質安全性」と「健康と労働」の2つのプログラムは、デンマークのコペンハーゲンにあるWHO欧州事務局へと移管され、「空気質と健康」、「環境疫学」、「情報システム」の3つのプログラムは、ドイツのボンに新設されるボン環境衛生センターへと移管されました[2]。
オランダのビルトーベン環境衛生センターで行われたプログラムからは、欧州だけでなく、日本やアメリカの環境政策に対しても影響するほどの多くの成果が生まれました。2000年12月31日の閉鎖に先立ち、ビルトーベン環境衛生センターは、1996年から2000年までの活動に関する最終報告書を、2000年12月12日に発表しました[1]。本報では、その中からいくつかの成果を以下に紹介します。
1.空気質と健康(室内、大気)
このプログラムからは、2つの大きな成果が生まれました。1つは「欧州空気質ガイドライン第2版」[3]、もう1つは「健康的な室内空気への権利」[4]の報告書でした。WHO欧州事務局は、1987年に発表した「欧州空気質ガイドライン」の改訂を、新たな科学的知見に基づいて行い、その作業は2000年9月まで続けられました。すでにこのガイドラインは、空気質に関する欧州連合指令のベースとして用いられています。
また、室内空気への曝露は、外気を含めた私たちの空気曝露全体の中で、非常に大きな比率を占めているにも関わらず、それに対する基本的な原則の定義が欠落しているとの認識から、「健康的な室内空気への権利」が発表されました。そしてその中からは、1)健康に対する人権、2)自治尊重、3)加害行為なし、4)善意、5)社会正義、6)説明責任、7)予防原則、8)汚染者の負担、9)持続可能といった9つの基本原則が示されました。
その他、このプログラムからは、室内空気汚染の中で最も問題の大きい環境中たばこ煙(ETS)に対する曝露削減ガイドライン[5]も発表されました。
2.化学物質安全性
このプログラムの最大の目的は、ダイオキシン類に対するリスクアセスメントの見直しでした。ダイオキシン類とは、ポリ塩素化ジベンゾ-p-ダイオキシン(PCDDs)、ポリ塩素化ジベンゾフラン(PCDFs)、コプラナーポリ塩化ビフェニール(Co-PCBs)の総称ですが、非常に多数の化合物が含まれているため、ダイオキシン類としての毒性評価を行う場合、各々の化合物に対して毒性等価係数(TEFs)を定め、ダイオキシン類の中でも最も毒性が高い、2,3,7,8-四塩化ジベンゾ-p-ダイオキシン(TCDD)の毒性に換算して合算し、ダイオキシン類の毒性が評価されます。このプログラムでは特に、人と野生生物に分け、それぞれに対してダイオキシン類のTEFsが定められました。
また、このようなTEFsで合算されたTCDDで代用されるダイオキシン類の毒性指標をもとに、ダイオキシン類の耐用一日摂取量(TDI)が定められました。そのための会合には、日本も含めて世界15ヶ国から専門家が招集され、最新の科学的知見をもとに議論が行われ、TDIとして1〜4pgTEQ/kg体重/日が定められました。
日本では、2000年にダイオキシン類のTDIが4pgTEQ/kg体重/日に定められましたが、WHOビルトーベン環境衛生センターのTDIが大きく影響しました。
また1999年4月には、ベルギーでダイオキシン類による鶏肉と鶏卵の汚染が発覚し、世界各国がベルギー産の鶏肉や鶏卵の輸入禁止、販売禁止あるいは自粛勧告を出し、一部市場が大混乱しました。また対象は、豚肉、牛肉、乳製品にまで広がりました。この問題に対しては、ビルトーベン環境衛生センターがリスクアセスメントを行い、ダイオキシン類に汚染された鶏肉や鶏卵を食べたとしても、それによって増えるダイオキシン類の摂取量は、TDIの数十倍であり、一時的な摂取であることからも、深刻な健康影響を心配する必要がないこと、ただし今回の摂量量が、一般の人々の体内負荷に対して、かなり寄与する可能性があることを知らせるべきだという結論を発表しました[6]。
3.環境疫学
このプログラムの主な目的は、さまざまな環境因子と健康影響との関連性を評価する疫学手法を開発することでした。そして、「主要な化学事故の健康影響評価−疫学的アプローチ」と、「廃棄物処分場から排出される有害物質への曝露と健康へのリスク評価方法」[7]に関するガイドラインが開発されました。
4.健康と労働、情報システム、国家環境衛生プロジェクト
健康と労働のプログラムでは、労働者の健康に対する、職場・環境・ライフスタイル及び社会的決定要因をカバーする、包括的職場健康管理システムの開発及び実行に焦点が絞られ、「企業における健康・環境・安全管理(HESME)」の概念が開発されました。そして、HESME教育訓練マテリアルの開発やHESMEの各国間ネットワークに対する活動支援が行われました。
情報システムのプログラムでは、欧州地域における「健康と環境の地理情報システム(HEGIS)」が開発されました。そして、国家環境衛生プロジェクトとしては、ハンガリー及びラトビアにおいて国家環境衛生行動計画(NEHAPs)、ルーマニア及びブルガリアにおいて国家環境衛生総合計画(NIPEHs)が実行され、各国の環境衛生計画の支援が行われました。
2000年12月31日に閉鎖されたビルトーベン環境衛生センターから、「空気質と健康」、「環境疫学」、「情報システム」の3つのプログラムが移管されたボン環境衛生センターは、ドイツ環境省及びドイツ連邦保健省による支援のもと、2001年10月30日に活動を開始しました。そして、空気質ガイドラインの改訂、環境衛生レポート、健康と騒音に関するガイダンスの開発(特に航空機による騒音と音楽演奏による騒音)などのプログラムを実行していくための活動が進められています[8]。そしてそれらの情報が提供されるボン環境衛生センターのホームページは、2002年3月に公開される予定となっています。
Author: Kenichi Azuma
<参考文献>
[1] World Health Organization:WHO-ECEH BILTHOVEN DIVISION FINAL REPORT 1996 – 2000,presented at the WHO-ECEH Symposium "A decade in the service of environment and health in Europe", 12 December 2000, Bilthoven, The Netherlands
[2] Dr Michal Krzyzanowski, Acting Director, WHO European Centre for Environment, and Health, Bilthoven Division: EUROPEAN CENTRE FOR ENVIRONMENT AND HEALTH, PLACE AND DATE: Bilthoven, 22 December 2000
[3] Kenichi Azuma:WHO欧州事務局による空気質ガイドライン第2版, CSN #176, 5 March, 2001
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/March2001/010305.htm
[4] Kenichi Azuma:健康的な室内空気への権利, CSN #147, 7 August, 2000
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/Aug2000/000807.htm
[5] Kenichi Azuma:環境中たばこ煙(ETS)曝露削減政策, CSN #188, 28 May, 2001
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/May2001/010528.htm
[6] Kenichi Azuma:ベルギー・ダイオキシン汚染と食品安全性, CSN #150, 28 August, 2000
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/Aug2000/000828.htm
[7] Kenichi Azuma:廃棄物処分場からの健康リスク評価手法, CSN # 179, 26 March, 2000
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/March2001/010326.htm
[8] WHO Regional Office for Europe: Helping Europe's cities face health and
environment security challenges: new WHO office opens in Germany,Press release EURO 12/2001, Copenhagen and Bonn, 30 October
2001
http://www.who.dk/mediacentre/PR/20011217_2